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ケルトの妖精 №7 [文芸美術の森]

レプラホーン

            妖精美術館館長  井村君江

 アイルランドのラッテン州モーリス・タウンに住むトム・フィッツパトリックは、ある日のこと、生け垣の根元のところに、小さな見なれないものが動いているのに目を止めた。
 よく見ると、金槌を片手に、せっせと靴をつくっている白いひげの小人の老人だった。「レプラホーンだ」と、トムにはすぐにわかった。三角帽子に赤い上着、革のエプロン、これは妖精の靴屋レプラホーンにちがいない。
 レプラホーンは踊り好きな妖精がすりへらした靴を直すのを仕事にしているが、片方の靴だけしか直しを引き受けない、という変わり者だった。それなのに小金を貯めこんでいて、土の下には宝の壷を九十九個も隠し持っているという噂だ。
 トムは「しめた」と思った。レプラホーンをつかまえて宝物のありかを白状させれば、大金持ちになれるからだ。
 すかさずトムは両手で、レプラホーンのじいを、逃げないようにしっかりつかまえた。
 つかまえられたレプラホーンのじいさんは、いくらもがいても逃れられないとなると、観念して宝のある場所を白状すると言った。ところがその場所が「あっちだ」「こっちだ」とくるくる変わり、トムは靴の底が抜けるほど引きまわされた。
 しかも、「レプラホーンはまばたきする間に消えてしまう」と聞いていたトムは、そのあいだもずっとがまんして、目を見開いたままでいた。
 レプラホーンのじいさんは、
「こんどこそまちがいない、ここだ」
 と、トムを広い野原に連れていった。そこには黄色い小菊が一面に咲いていた。
「あの背の高い小菊の根元に、おまえさんの頭ぐらいの金の壷が埋めてあるよ」
 レプラホーンのじいさんがこう教えたので、ようやくトムがまばたきすると、握っていた手を開くより前に、じいさんは水滴が砂にしみこむかのようにスーッと消えてしまった。
 土を掘る道具がなかったので、目じるしに赤い靴下留めをその小菊の茎に結ぶと、トムは風のように家に飛んで帰り、シャベルを持って戻ってきた。
 ところがどうしたことだろう。見わたすかぎりの野原いちめん、何百という小菊ぜんぶに赤い靴下留めが結んであるではないか。トムはもう、自分が結んだ靴下留めがどれなのかわからなくなってしまった。その根元ぜんぶを掘ったら何年かかるかわからない。
 トムは掘るのをあきらめた。
 レプラホーンが人をだます知恵は、なかなかのものだったということだ。

◆「九世紀の詩人ウィリアム・アリンガムの歌『レプラホーン、妖精の靴屋』の二郎から、レプラホーンの姿はより具体的に想像できる。

  しわでしなびた髭づらエルフ
  とんがり鼻に目鏡を乗せて
  銀のバックル靴につけ
  革のエプロン、膝に靴
  リップ、タップ、ティップ、タップ、ティック、タック、ツー
  背丈は人の指ぐらい
  奴を見つけて、しっかりつかめ
  そうすりやなれる金持ちに

 ところでアイルランドの人たちはレプラホーンを人形にして、まるで日本の大黒さまのようにお守りとして飾っている。レプラホーンを捕まえて宝のありかを白状させ、一獲千金を夢みた昔の名残かもしれない。
 しかしレプラヒーンを見るために必要である頭に乗せる四葉ノクローバーが最近はなかなか見つからないし、レプラホーン自身賢くなって、姿を千変万化させて容易に人間には捕まらない術を わきまえてきたようである。


『ケルトの妖精』 あんず堂

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