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日めくり汀女俳句 №22 [ことだま五七五]

三月一日~三月三日 

                  俳句  中村汀女・文  中村一枝

三月一日

あたたかき夜やダイヤルにのばす手も
            『紅白梅』 あたたか=春
 一度だけ私は汀女に電話でとても失礼な言葉を吐いたことがある。夫が病気で入院した
時だった。医者の対応が不安で仕方がない私を電話口で汀女はしきりになぐさめてくれた。その時感情のたかぶっていた私は突然叫んだ。「お母様なんて大嫌いよ。あなたなんて嫌いよ」
 受話器を置いた途端後悔の涙。即座に電話をするとまだそこにいたのか汀女の声だ。
 「ああ、一枝さん」。ごく普通の調子だった。
 ごめんなさいを言いながら、私は汀女との間が前よりぐんと近くなった気がした。

三月二日

雛(ひな)飾る暇(いとま)はあれど移るべく
              『春雪』 雛飾る=春
 熊本の曾祖母から娘の初節句に送られてきたのは、ガラスケース入りの小ぶりの木目込人形一式だった。実は私も、戦争中防空壕に避難していた自分の雛人形を持っている。昔風の組み立て壇飾りの雛は、着物が埃っぼく顔はすすけていた。乾いた布で拭きあげると年代を経た古風な面差しが浮び上がった。汀女のくれた一対の内裏木目込人形、実家の母のくれた人形、とにかく多士済々。飾る場所がない。
 ガラスケースから出された雛たちは、満員電車に乗ったように重ね合せて飾られ、皆、情なさそうである。

三月三日

菜の花や去る師を囲み舟を行(や)る
         「汀女初期作品」 菜の花=春
 汀女の本名は破魔子、父平四郎が、丈夫に育て、強くあれとの祈りをこめて命名した。
その願いは通じたらしいが、女学校の展示会で上級生たちが話していた。「あら、おそろしい名前、どなたかしら」。斎藤破魔子と記名された展示物の前である。それ以来汀女は濱子か、はま子と書くことにしたのだそうだ。
 汀女という名前、卒業後習っていた生花で奥許しを貰い、そのとき、貰った名が瞭雲斎花汀女。後年俳号が必要になって下二文字をあてたという。
 運のいい名前だった。

『日めくり汀女俳句』 邑書林

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