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バルタンの呟き №41 [雑木林の四季]

   「この世界の片隅に」

                 映画監督  飯島敏弘

 アニメ版劇場映画と実写版テレビドラマをめぐって、双方の製作者間になにか行き違いがあって色々と話題になった、こうの史代原作の漫画「この世界の片隅で」ですが、その効果?もあってのことかもしれませんが、出版界にも話題が波及して、再びのブームが到来している感があります。いま、本屋さんの店頭には、片隅にどころか、平積みのスペースにも、棚にも、本来ならば、読書の秋最も目立つ処に並べられる筈の芥川賞本、直木賞本その他各賞の本たちを蹴散らして、 堂々と売り場中央を占拠している有様です。
 さらに驚いたことに、このユニークな題名の発想の由来に興味をもって、あれこれ調べているうちに、全く偶然ですが、50年以上前に出版された岩波新書の奥付の在庫表に、山代巴編「この世界の片隅で」という題名を認めて、当然品切れか絶版だろうと思いながら岩波書店に問い合わせたところ、なぜか「このところ問い合わせが多く、再版いたしました・・・」という返事が返ってきて二度吃驚、ブームの恐ろしさに舌を巻きながら、謎を解く糸口が掴めた思いで、手元に届くのを楽しみにしていたのです。
 僕は、アニメ版劇場映画の方は、単館上映で、話題に乗って、一般封切りに広がった時に鑑賞して、ヒロシマ郊外に住む主人公すずの日常を、当時の風物を細部にわたって忠実に描きながら、坦坦と描くことで、昭和20・8・5のヒロシマのピカドンを鮮烈にではなく表現して、しかも、その悲惨を、力強く印象づけた素晴らしい作品だと感じていました。
 一方、実写版テレビドラマ「この世界の片隅で」は、僕が定年まで在籍したTBSテレビの、しかも、テレビ放映開始当初からの看板番組として斯界に認知されてきた「日曜劇場」の番組で、わざわざアニメの人気作品を改めて制作した意図も探りたかったので、近来になく関心を以て視聴したのですが、どんな経緯があってのことか、アニメ劇場版の制作者がわざわざ、「当方には挨拶もなく、関連もない」旨の声明を出す原因となった表敬のタイトル表示などは、当事者間の問題であって、著作権的にも、これ以上問題にならないだろうという判断で、アニメ劇場版との比較というよりも、むしろ、テレビドラマとしてどの程度力の入った番組だろうという見方で鑑賞したのですが、一応は、近ごろのテレビドラマとして充分に評価するに足る、制作陣の丁寧な思いが伝わってくる作品だと思いました。最近のテレビドラマとしてはまずまずの視聴率をあげた以上に、これまでの各紙の批評や、投書欄に、リアルな演出と主要俳優たちの演技にも感銘を受けた、という声もありで、一応、同じ釜の飯を食った先輩としては、ほっと安堵したのです。
 最終回を見ないうちにとやかく呟くのはいかがなものか、とも思うのですが、両者の違いは、アニメ劇場版では、ヒロシマ原爆の惨禍を、直接的に曝すことなく、静的に伝える終焉であったのに比して、テレビ実写版では、主人公すずに容赦なく降りかかった原爆の惨禍を白日に曝すことで、強烈にメッセージを伝える演出であること、ではないでしょうか。言い換えれば、通底音で伝えるか、メロディーで奏するかの違いであり、原爆許すまじ、のメッセージは、原作を損ねることなく、両作品ともにきちんと伝えている佳作だったと思いますが、さて、ここからが、わざわざこのブログを使ってバルタン的に呟かせて頂く本題です。

 昭和7年(1932)生まれで、当時、東京在住の中学一年生として、米巨大爆撃機B29の空爆下で、通算三度も焼夷弾の雨に身を曝して炎の渦に追い回されていた僕、としては、実写版テレビドラマを見ながら、色々な思いを抱きました。
その最たるものが、「この世界の片隅で」の漫画、劇場映画、テレビドラマなど各作品で高く評価された、当時の世俗のリアルな表現です。卑近な例として挙げるとすれば、西暦1945・8・15終戦の日の場面です。あの暑かった夏の昼時、ラジオの前に親族一同居並んで玉音放送を聞き入っている場面です。この作品で、特に念入りに行われたに違いない時代考証は、全体的には、確かに精度の高いものでした。いまの視聴者の大半を占める戦争経験者ではない世代の方たちは、恐らく、違和感もなく受け容れて鑑賞したと思いますし、各俳優の熱演に感動も覚えたに違いありません。が、現実にあの日のあの時刻、3・10、4・13、5・25と両三度にわたって、数百機に及ぶ米軍の巨大爆撃機B2が、もはや迎撃する戦闘機も尽きたとみて超低空から、ところかまわず雨のように降り注いだ軍民無差別殺戮の焼夷弾の火炎に追いまくられたすえ、焦土に佇んで無条件降伏を告げる現人神天皇陛下の玉音ラジオを雑音に難渋しながら懸命に聞き入っていた(僕たち家族も含めた)帝都東京の人々の、みすぼらしい襤褸に辛うじて身を包んでいた姿に比して、なんと、ヒロシマ近郊農家の人々の服装が、美々しく、整然と整っていたものか、と驚嘆して、興醒めしてしまったことを呟かねばなりません。
 あの日、東京都民の大多数は、その日その時の飢えを凌ぐために、超インフレと、食料不足のために紙切れと化した札ではなく、それこそ言葉通り、蓑(みの)蓑を剥がれたミノムシ、殻を喪ったヤドカリのごとく、着の身着のままを残して、僅かに、戦火の中辛うじて持ち出した晴れ着はおろかその他まともな衣装は全て、極めて割の悪い物々交換で、僅かな米や芋を手に入れて食いつないで生き延びてきて、もはや継ぎも接(は)接ぎも許されないほどの襤褸(ぼろ)襤褸に身を包んで、あの昼どきの時刻、痛むほどの空腹に耐えて、ラジオの前に、佇んでいた筈です。まさか、あのヒロシマ近郊に身をおく主人公すずを囲んだ農村の人たちは、闇取引で着ぶくれた一部悪徳農家の人たちのように、僅かな米や芋と引き換えに得た継(は)継ぎひとつない衣装や、歯や緒が少しもちびていない真新しい履物(下駄、草履)を身に着けていた訳ではない筈です。
 確かに、闇市場のロケ・セットや、飾り物、男たちの軍服、国民服その他には、かなりな配慮と工夫が見えました。しかし、あの座敷の場面の女たちは、和服もんぺの姿の上下ともに、汚れ、汗沁み、継ぎ接ぎひとつなく、着くずれすることなく、きりりとした姿でラジオに聞き入っていました。まさに、衣装部さんが、それらしく着つけた衣装そのままに、驚愕、茫然、放心それぞれの演技をこらしているではありませんか。その点で、美術関係、特に、衣装、小道具の部分が、非常に物足りませんでした。
 アニメは描けばいいけれども、実写は具体的な物で表現しなければならない、という違いは充分承知しています。多分、考証にも、齟齬、間違いはないでしょう。しかし、そこから先のひと工夫について、経年変化、汚れなどの表現が、まったく不十分でした。これは、まあ、予算と、完成までの日数の問題その他、現在の現場が厳しいことは承知の上での指摘です。
 巨匠黒沢明監督「七人の侍」「用心棒」などの衣装、小道具などは、わざと日数を掛けて着崩して、洗いざらいの印象を高める努力を重ねていたと聞きましたが、予算の所為か、タイアップ達成の必要からか、撮影日数の関係かは解りませんが、殆んどが着降ろした、あるいは着せられたままの恰好で、相応した汚しの努力の跡が見当たりませんでした。グリコ飴形(今はグリコ飴さえハートの形ではなくなってしまったとすれば)心臓型のズボンの尻当てや上衣の肘当て、洗濯しつくして色褪せたシャツ等々です。
 日本国内で、現在、年間10億点もの服が、捨てられている可能性があるといわれています。「一度も売り場に出されないまま捨てられて」しまった、という証言さえある過剰生産の既製服や着物、多少の期間だけ着古せば、焼却されてしまうか、大量放棄の他はないのか、全人共通の生地と均一仕立ての服、等々です。うっかり汚しを掛けてしまっては、貸衣装屋に返却する際に、ごっそりと損料を取られるのでしょうか。今からでも遅くはありません。少なくとも5年以上前の、糸から織られていた生地の、様々な個性のあった、色褪せた衣料品を各家庭から回収して、戦前戦中作品専門の貸し衣装屋、小道具やを設立して、映像撮影現場の要望を満たすべきかを問う最後の時かもしれない、とさえ思いました。
 SDGs(エスディージーズ)、(支え得る可能性のある成長)を目指して、10年20年と、今持っているものを直し直しては着てゆく革命を起こすべき最期の時かもしれないのです。

 安倍首相など、戦争の悲惨を、まるで実感しなかった家庭に生まれ育った二世三世政治家がリードするこの国の現在だからこそ、憲法にその存在を明記すれば、自衛隊の皆さんが誇りを持って国を守るだろうなどという軽い考え方、幻影を抱いている指導者が全てを決定してしまう今日だからこそ、一つの流れに国民全体が流されてはいけないと警鍾を鳴らさなければなりません。虚構の経済発展に惑わされて、知らず知らずのうちに、国民の大多数が一つの流れに乗ってしまう恐ろしさが、挙国一致、一億一心、撃ちてし止まむ、と破滅に向かっていったあの時代に繋がっている現実を改めて厳しく凝視しなければ、「これしかありません!」と声高に唱える道は、人類破滅に繋がっているのです。2020東京オリンピック・パラリンピックの例を引けば、すでに、徴兵制を連想する、思うに任せぬボランティアの強行募集、等にみられる戦時中の学徒動員さながらの考え方一つとっても、おんば日傘育ちの御曹司(おんぞうし)政治家たちが標榜する「美しい日本」とは、いったいどんな日本なのかが知りたいものですね・・・
 この世界の片隅に、インドを無戦独立に招いたマハトマ・ガンディーの、不戦、無暴力を見習って存続する国、日本があってほしいものです。

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