SSブログ

丸木美術館から見える風景 №18 [核無き世界をめざして]

断腸亭日乗

                   東松山市・原爆の図丸木美術館学芸員  岡村幸宣

企画者の高瀬伸也さんがピアノやシタールで音を流し、映画評論家・フリーアナウンサーの青柳秀侑さんが朗読をする、という小企画が、丸木美術館で定期的に開催されるようになって数年が経つ。

夏や冬の過酷な季節に企画することが多いせいか、観客はたいてい片手で数えるほどで、職員が聞き手に加勢することも多い。
あるいは、普通の朗読会であれば、もう少し人が来やすいのかも知れないが、高瀬さんの企画はいつも社会の現状に対して皮肉を利かせ、しかもそれを二重、三重に捻ってくるので、結局、皮肉かどうかも今ひとつわかりづらい、という内容が多いのだ。

今年も、冬の寒さが厳しくなりはじめた頃、美術館の一階の一番奥のホールで、朗読企画が実施された。
題して、“Are you ready for the Country?”。つまり、「お国のために備えはいいか」。読むのは永井荷風の名文による戦時下の日記『断腸亭日乗』……って、降ってわいた衆議院選挙の前週に戦争の備えですか、という洒落にならないタイミング。
配布された鑑賞の手引きは、次のように記されていた。

*****

いつも、「ひねりすぎの企画」と学芸員の岡村さんに笑われてしまいます。ならばもっとひねって、元に戻ってくればいいや、という今回の企画は、12/8に着目せよというメッセージと12/8が強調されることに警戒せよ、という二つの相反するメッセージを同時に発するものです。

12/8に着目せよというのは、対米英蘭開戦日の1941/12/8は1945/8/15の「終戦」記念日に比べて注目度が低いが、12/8は、その直後からの、文学、新聞、放送等の、積極的な戦争協力の問題を考える起点としてもっと注目されていい、ということからです。
それに対して、12/8が強調されることに警戒せよ、というのは、「12/8に戦争が始まった」という言説が、「日本の先の大戦」を、対米戦に矮小化し、それ以前から続き泥沼化していた対中国戦争を見えなくしていることへの批判です。

その異なるメッセージを踏まえつつ、特に、12/8以前の「銃後」の暮らしを、(その「日常生活」は少々風変わりなものかもしれませんが)荷風の日記を通して示し、12/8前・後の連続性を明らかにしようとするものです。

*****

もっとも、いかに名文とはいえ、日記は日記。
延々と2時間以上、日々の細々とした生活の記録を休みなく読み続けた青柳さんも凄いけれど、聞いている側も次第に意識が遠のいていく。
ここは昭和か平成か……。

隣室からこぼれて落ちてくるような高瀬さんのピアノ演奏は「少しずつ変化し/ほとんど変化せずに」流れ続け、無意識の境地に聞き手をいざなう。淡々とした「日常生活」が戦時においても不変であり、しかし目に見えぬところで変化していく不可思議さを、ゆるやかに演出しているというのが奏者の狙いらしいのだが。

それでも、時おり、ふいに現れる荷風の鋭い世相批判、戦争への洞察の言葉には、冷や水をかけられたような気がして目が覚める。
今と70年前の社会は、実はたいして変わっていない。

20代の若者が、関東大震災後に“新感覚派”として世に出た横光利一の小説を、今の自分たちに重ね合わせて読むと話していた。
ということは、次に来るのは本当に……?
そのときは、ぼくも『断腸亭日乗』のように、ひそやかに日常の思いを記録することになるのだろうか。

18.jpg


【原爆の図丸木美術館からのお知らせ】
企画展「赤松俊子」と「南洋群島」
2014年12月20日(土)~2015年4月11日(土)
1940年に当時日本統治下にあった「南洋群島」、現在のパラオ諸島やヤップ島を単身旅した「赤松俊子」(のちの丸木俊)。
ゴーギャンに憧れて南の島に向かった彼女は、そこで豊かな色彩と伸びやかな裸体表現を獲得し、画家として新たな道を拓きます。
同時に、植民地主義の不条理という、時代の影の部分にも敏感に目を向けていきました。
彼女の生涯に大きな影響をもたらした南洋体験を、丸木美術館・丸木家が所蔵する26点の絵画、180点を超えるスケッチや絵本原画など全点を展示して振り返ります。


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0