角さんの話№3 [ふるさと立川・多摩・武蔵]
御岳のおいぬさま
立川民俗の会会長 三田鶴吉
俺が子どものころは、ずいぶんこの辺(あた)りは淋しいところ
だったあよ。全部で50軒もあったかなぁ~今(昭和八・
九年ごろ)は何軒ぐらいかなぁ――150軒にゃあまあだ
なんねぇかな――まあ、そのころのことだよ。どこでも庭
先きに据風呂があってな。俺(お)らの家じゃぁ樫のでっかいの
がその裏にあってな。一人で入るのがおっかなかったのか
なぁ――いつもおまえていにじいさんかばあさんに入れ
てもらったもんだあけれど、首の根っこをゴシゴシやられ
るたびに痛てて…なんて言っちゃってよお。そうするとな、
「灯もねえのに、これみろ、いたずらだあから垢(あか)がよれん
じゃねぇか」
なんておこられてよ。まあ、いまのおまえと同じだあけ
んどよ。違ったのは、灯がついたことと貰い湯が少なくな
ったことだな。どこでもそのころは、毎晩なんぞ湯なんか
たてたあもんじゃなかったよ。だから、そこの家の者が入り
きったころを見はらかって、「湯を貰いに来たあ」なんて言
って入れてもらったあもんだよ。 ――俺らがでも束や西の
家にゃあよく入れて賢いに行ったあもんだあよ。今でもた
まにゃあ、束に貫らいに行くじゃあねぇか。
ある晩な、あ(な)んだかうそ寒くてよ。
御岳にゃあお犬さまがいるとか、狼がいるとかよく言っ
てよ。お札なんか配ってくるけんど、ほんとにいるだんべ
いか」って俺がばあさんに聞いたのよ。そうしたら風呂に
くべてあったあ(な)にかの根っこがパチパチと燃え盛って、
熊のようにでっかいものが、黒猫のように風呂場の柱を音
もなくすうっとこするようにして適ったあけんど、ありゃ
あなんだっか、いまでもわからね、え。不思議なことだなあ。
『角さんの話』けやき出版
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