スタート

    サイクリスト・バイクショップ「マングローブ・バイクス」店主  高橋慎治

新しい年明けです。
皆様の益々のご発展とご多幸をお祈りいたします。
今年も更に好い一年になるように私も精進いたします。

早いもので、私が「ペダルを踏んで風になる」を始めさせて頂いて2回目の新年です。
昨年も毎日を光の如くアッという間に過ごしてしまった感の一年でしたが、私的に小さな目標を少しだけでも達成出来たことは喜ばしいことと実感しております。
競輪選手を退いて8年が経ち、今の自転車屋の仕事も8年目になりました。
思えば、私が自転車に初めて興味を持ってから30年が過ぎ、競技に係わってから四半世紀が経ちます。
その間、たくさんの自転車を見て、乗って、いじって、考えて、時には闘ったりもしました。
あるときは、身体の具合が思わしくなく、自転車に思うように乗れず自転車を嫌いになりかけた時期もありましたし、精神的に辛いときに自転車に乗ることで救われもしました。
思春期にオートバイに憧れて自転車に乗り始め、段々と獲得できるスピードに魅了され、いつしか自転車が趣味を通り越して生活の一部になり、更に生活そのものになりました。
今は現役時代と比べようもないくらい自転車には乗れていませんが、現役時代とは比べようもないくらい自転車のことを考えています。
自分と自転車、皆と自転車、地域と自転車、社会と自転車、・・・ いろいろな自転車との関わりが考えられます。
そろそろ、スポーツ自転車に乗っている方々も「流行だから」とか、「皆が乗っているから」ではなく、「楽しいから」とか、「気持ちがイイ」というような主体性をもって自転車に向き合う方々が増えてくれるといいですね。
通勤や買い物、レジャーなど、日常生活にとけ込んだ自転車との付き合い方が自転車人としての成熟度合いなのでしょう。
これからもスポーツ自転車に限らず、自転車全体を取り巻く状況を眺めながら、最善・最良は如何なものか考えていきたいと思っています。

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昨年10月、栃木県真岡市の真岡駅前に小さな自転車工房が産声を上げました。
【RINSEI LAB】
http://rinsei-lab.com/top.html
フレームビルダーの井田 倫正(いだ りんせい)氏が立ち上げた井田製作所です。
彼は40歳前の若手フレームビルダーですが、自転車のフレーム製作は既に20年近くになります。
ただし、そのフレーム製作のほとんどが競輪選手のレーサーフレームというのも彼の経歴の面白いところなのです。
彼の前職場は埼玉県ふじみ野にある㈱鶴岡レーシング(NJS認定メーカー)で、主にプロ選手向けの自転車フレームを製作していました。
私自身も選手時代の後半は年間3本ペースで競走フレームを作ってもらい、随分と勝手なわがままも言いました。

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男子競輪選手の競輪競走用自転車はロードレーサーなどと違って既製品というものがなく、フレームも体格に合わせたカスタムオーダーのものです。
また、そのフレームを製作出来るメーカーもNJS(日本自転車振興会=現:財団法人JKA)の検査基準をクリアした認定製作所のフレームでないと競輪競走では使用できません。
さらに、部品も巷で流行のカーボンハンドルやカーボンリムなどとは一切無縁の鉄ハンドル、アルミリム等のNJSの刻印のある認定部品のみが使用されます。
刻印の難しいスポークやニップルもパッケージにNJSの印刷があり、サイズも限定されています。
競輪の認定部品よりも優れた性能の部品は数々ありますが、競輪開催の公正・安全という要件を満たしていることが認定部品では必須で、性能面で優位なものが公正・安全とは限らないのです。

競輪とは決められた要件・環境の中で最高の結果を出した者が勝者となるのですから、道具の良し悪しや相性も大切で、戦法や競走形態の変化によっても自転車の設計には大変影響します。
自転車に選手が乗るための骨格は正にフレームですから、フレームの設計や乗りこなしは競走結果に直結します。
競輪選手は皆それぞれに脚質・戦法・決り手を自覚していますので、それらの要件を基にフレームの設計をして乗り味を考慮してフレームパイプを選択します。
競輪の自転車は認定部品内の限られたサイズの部品で組み立てなければなりませんから、フレーム設計においてはミリ単位での変更や調整が必要になります。
「1ミリの違いなんか分かるの?」という質問を私自身何度もきかれましたが、競輪選手の大概は明確に実感します。
そんな微妙な感覚の持ち主達ですので、設計に忠実にフレームを製作してもらうには人間的な信頼関係が大切になってきます。
厳密に言えば手作りのフレームにおいて同様なものは出来ても同一なものは出来ません。
だだし、同じフレームビルダー、同じ材料、同じ環境ならば限りなく同様なフレームを仕上げてくれます。
ですから、私たちの「寸法は前のと同じで少し硬く」などと無茶な注文をフレームビルダーは形にしてくれるのです。

イタリアやフランスでもスチールパイプでレース用の自転車を作るメーカーは少なくなりました。
今や日本の競輪に携わっている自転車製作所は、スチールパイプのレーサーを作らせたら精度と品質では世界一でしょう。
ものづくり日本のDNAは競輪という自転車のトップカテゴリーでも見事に息づいています。
技術や経験は器用な人間でも本物になるには年単位での修行を要します。
先程紹介しました井田氏は、見てくれや格好ばかりのインチキではなく、本物のJapanハンドメイド・バイシクル界の次世代を担う優秀な人材の一人です。
大量生産の工業製品的自転車ではなく、乗る方だけのハンドメイド自転車は既に芸術品の域に達しています。

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優れた製品は、顧客の無理な注文を技術と英知で形と成す職人のたゆまぬ努力から生まれます。                                      
そして、その努力に対する対価を顧客が請け負うことで職人はいっそうの努力、精進を惜しまないのです。
「安いのだからこんなものだろう」というものづくりは、売る方も買う方も「安かろう悪かろう」という負の価値につながります。
これからは皆さんも「こんなものだろう・・・」ではなく、「これでよし!」という感覚や価値観を高めてみてはいかがでしょうか。
「本物」という価値観が日本を活性化するきっかけになるような年の始まりに感じます。
どうぞ、2013年もよろしくお願い致します。
ありがとうございます。