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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い!」 №143 [文芸美術の森]

          シリーズ:江戸・洋風画の先駆者たち
            ~司馬江漢と亜欧堂田善~
                   第12回 
               美術ジャーナリスト 斎藤陽一
        「亜欧堂(あおうどう)田(でん)善(ぜん)」 その6

≪油彩で描く江戸の情景≫

 前回に続き、亜欧堂田善が描いた油彩画を紹介します。

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 この絵は、田善が文化年間に描いた「墨堤観桜図」
 桜咲く春うららの隅田川の風情を油彩で描いています。
 ここは、隅田川の東岸、三囲稲荷(みめぐりいなり)あたりとされ、左側の対岸に小さく見える桜の森は真崎稲荷とされる。
 隅田川の先のはるか遠方には、筑波山も描かれているというが、肉眼ではほとんど分からない。

 人物や木々の影が細長く伸びているので、午後の遅い時刻か。

 真ん中に二本の松の木を大きく力強く描き、その後ろに、湾曲しながらはるか彼方へと続く隅田川と墨堤を描くことで、私達の視線も奥へ奥へと誘われる。
 この奥行き感が、田善風景画の魅力のひとつです。

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 大きな松の下には、二人の男がたたずんでいる。例によって、田善独特のデフォルメされた、ひょろ長いプロポーション。
 この二人には「文人」のような雰囲気が感じられるところから、田善自身とその弟子と言う伝承もある。
 その先には、天秤棒で荷をかつぐ男や、三人連れの女たちの後ろ姿が・・・

 穏やかな時間が流れる、のどかな春の午後・・・気持ちのいい絵です。

 亜欧堂田善は、同じところ(三囲稲荷あたり)を、油彩で「雪景色」として描いているので、見ておきましょう。

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 上図「三囲雪景図」がそれ。

 右手には、三囲神社の鳥居と参道が描かれている。
 隅田川のはるか遠くには、筑波山が霞んで見える。

144-4.jpg 雪が降り続く中、雪に覆われた堤の上で、蓑笠をつけた二人の男が後ろ姿を見せている。一人は横を向いて、連れの男に何かを話しかけているように見える。
 二人は何を眺めているのだろうか?
 雪が降りしきる中、どこに行こうとしているのだろうか?見る者の想像をかきたてる、静かな情感をたたえた油彩画です。

 もう1点、亜欧堂田善の油彩画を紹介します。

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 これは、江戸城の堀沿いを油彩で描いた「江戸城辺風景図」

 右側の広い空き地は、元は護持院があったところですが、この当時は、防火のための空き地となっていました。

 お堀に沿った道と並木は、カーブしながら左奥のほうへと続いている。田善は、この風景を見事な「透視画法」で構成しています。西洋銅版画の研究によって修得したのでしょうね。

 手前には、歩みを進める後ろ姿の二人連れ。これが、私達の視線をさらに奥へと導くポイントとなっている。

 このような後ろ姿の人物が醸し出す雰囲気は、どこか、フランス素朴派の画家アンリ・ルソー(1844~1910)の絵に通じるものがある・・・

 例えば、ひろしま美術館が所蔵するアンリ・ルソーのこの絵:

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 いかにもアンリ・ルソーらしいプリミティブな画法で描かれた風景の中に、後ろ姿の人物を配することで、どこか謎めいた雰囲気が醸し出される。
 とは言え、亜欧堂田善(1748~1822)のほうがアンリ・ルソーより100年前に生れており、にもかかわらず、田善のこの「透視画法」のほうがはるかに西洋的であるところが面白い。

 次回は、亜欧堂田善が描いた江戸時代最大の油彩画「浅間山屏風図」を紹介します。
(次号に続く)


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