西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №141 [文芸美術の森]
シリーズ:江戸・洋風画の先駆者たち
~司馬江漢と亜欧堂田善~
第10回
美術ジャーナリスト 斎藤陽一
「亜欧堂(あおうどう)田(でん)善(ぜん)」 その4
≪遊郭の光と影≫
前回に続いて、先ず、亜欧堂田善が文化年間に制作した小型の銅版画シリーズ「東都名所図」(全25図)の中から、吉原を舞台に描いた作品を紹介します。
まず、下図は「新吉原俄之図」(しんよしわら・にわかのず)。
吉原遊郭では、毎年夏、芸者たちが仮装をして、趣向を凝らした出し物で郭内の通りを練り歩く「俄」(にわか)と呼ばれる行事がありました。
この場面は、吉原のメインストリート「仲之町」に面した「引手茶屋」の座敷を舞台に、通りを練り歩く「俄」の行列を見物する人たちを前面に大きく描く。
中景には屋台に乗って演技する男女の芸者たち、その向こう、通りを隔てた向かい側の茶屋にも、二階まで大勢の見物客がびっしりと描き込まれている。
座敷の人たちが手にする団扇や大きな蝋燭の炎が、暑い夏の夜の行事であることを示す。
右側にいる黒い着物の男がこの宴席の主客。裕福な家のあるじでしょう。
というのは、格式の高い「大見世」と呼ばれる妓楼で遊ぶ場合、先ず、「引手茶屋」に上がり、そこに花魁を呼び出して飲食、芸者たちの遊芸で散財したあと、「花魁道中」をして妓楼に行くのが決まりでした。
このような、上等な「引手茶屋」の特等席の座敷を借り切って、「俄」(にわか)を楽しむには、相当な金持ちでなければ出来なかったのです。
そのお大尽の傍らで、身をくねらせているのは、お大尽の相方の「花魁」(おいらん)。
左側にいる男たちは、主客のお伴で登楼した男たちや吉原の男衆か。
身を屈めて主客に何か話しかけているのは、この引手茶屋の主人、左端の扇子を手に持つ男は「幇間」(ほうかん:たいこもち)かも知れない。
田善は、それぞれに描き分けています。
座敷には「大蝋燭」が二つ灯され、その周囲を明るく照らしていますが、少し離れると影が濃くなっている・・・
大蝋燭の明かりは、天井にも反映し、二つの丸い光となっている。光と影の表現が卓抜です。
次は、同じ「銅版画東都名所図」シリーズの中の1点「品川月夜図」。
この絵は、品川の海に面した遊郭の座敷に立って月を眺める遊女を描いています。
月の光が海面にきらめき、行燈の光とともに、遊女の姿を浮かび上がらせる。
細部をご覧ください。
田善は、夜の情緒を表現するために、実に様々な「線刻」を試みていることが分かります。
田善は、「銅版画の魅力は、あらゆる種類の「描線」の組み合わせと、その濃淡のグラデーションの表現にある」ことを発見しており、今や、その技を自分のものにしています。
それにしても、この遊女の立ち姿は、どこか西洋画の女性のように見えるところが面白い。
もうひとつ、「両国橋」を望む料亭の座敷を描いた田善の銅版画を紹介します。
こちらは、22.2×28.5cmと少し大き目なサイズ。
ここは、隅田川沿いの料亭の座敷。遠くには両国橋が見える。
田善は、この風景を「遠近法」で効果的に描いていますが、二階から見下ろす視点をとっているため、川沿いの通りを歩くたくさんの人々が俯瞰的に捉えられています。
川面には、無数の遊覧船が浮かんでいる。両国界隈の活気が伝わってきます。
座敷では、3人の人物がなにやら談笑している。
その中の右端の人物は、亜欧堂田善自身だという伝承もある。
手前の大皿の上には、ひときわ大きな鯛が載せられ、あたかも、この場面の「主役」のようにも見えるところも可笑しい。
この絵でも、田善の細部の質感描写へのこだわりが随所に見られます。たとえば、畳や天井などをよくご覧ください。
次回は、亜欧堂田善が試みた独特の「油彩画」を紹介します。
(次号に続く)
2024-11-29 10:12
nice!(1)
コメント(0)
コメント 0