山羊の歌 №4 [文芸美術の森]
春の夜
詩人 中原中也
燻銀(いぶしぎん)なる窓枠の中になごやかに
一枝の花、桃色の花。
月光うけて失神し
庭(にわ)の土面(つちも)は附黒子(つけぼくろ)。
あゝこともなしこともなし
樹々よはにかみ立ちまはれ。
このすゞろなる物の音(ね)に
希望はあらず、さてはまた、俄梅もあらず。
山虔(つつま)しき木工のみ、
夢の裡(うち)なる隊商のその足拉(あしなみ)もほのみゆれ。
窓の中(うち)にはさはやかの、おぼろかの
砂の色せる絹衣(ごろも)。
かびろき胸のピアノ鳴り
祖先はあらず、親も消(け)ぬ
埋みし犬の何処(いずく)にか、
蕃紅花色(さふらんいろ)に湧きいづる
春の夜や。
『中原中也全詩集』 角川ソフィz文庫
2024-11-14 15:52
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