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山羊の歌 №4 [文芸美術の森]

春の夜

        詩人  中原中也

燻銀(いぶしぎん)なる窓枠の中になごやかに
  一枝の花、桃色の花。

月光うけて失神し
  庭(にわ)の土面(つちも)は附黒子(つけぼくろ)。

あゝこともなしこともなし
  樹々よはにかみ立ちまはれ。

このすゞろなる物の音(ね)に
  希望はあらず、さてはまた、俄梅もあらず。

山虔(つつま)しき木工のみ、
  夢の裡(うち)なる隊商のその足拉(あしなみ)もほのみゆれ。

窓の中(うち)にはさはやかの、おぼろかの
  砂の色せる絹衣(ごろも)。

かびろき胸のピアノ鳴り
  祖先はあらず、親も消(け)ぬ

埋みし犬の何処(いずく)にか、
  蕃紅花色(さふらんいろ)に湧きいづる
      春の夜や。


『中原中也全詩集』 角川ソフィz文庫


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