西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №137 [文芸美術の森]
シリーズ:江戸・洋風画の先駆者たち
~司馬江漢と亜欧堂田善~
第6回
美術ジャーナリスト 斎藤陽一
「司馬(しば)江漢(こうかん)」 その6
~司馬江漢と亜欧堂田善~
第6回
美術ジャーナリスト 斎藤陽一
「司馬(しば)江漢(こうかん)」 その6
≪「究理学」への傾倒≫
司馬江漢の面白いところは、絵画以外の科学的分野にも熱中したことです。もともと若い頃から、江漢は、平賀源内や蘭学者らとの交友によって、「究理学」(天文・地理・物理・博物学など)に強い関心を示していましたが、ことに長崎旅行以後の晩年は、世界や宇宙などへの関心が高まり、江漢が制作する「銅版画」の様相も変わってきます。
江漢は、銅版画による「世界地図」や「地球全図」、「天球図」などを次々と制作、ついには、人々に「地動説」を説くに至りました。
江漢は、銅版画による「世界地図」や「地球全図」、「天球図」などを次々と制作、ついには、人々に「地動説」を説くに至りました。
寛政5年(1793年)頃、江漢は日本初の「銅版世界地図」を完成させました。(下図)
円形で描かれた世界地図の周囲には、異国の風景や動植物図のほかに、「地球は球体であり、その周りを太陽と月が周回し、その軌道や傾きによって、四季の変化や月の満ち欠けが発生する」という見解を図示しています。まだこの段階では「地動説」には至っていません。
この「地球全図」、子細に見ると、オーストラリア大陸とニューギニア島が未分離のままくっついていたり、下部には伝説的な謎の「メガラン大陸」などが描かれたりして、現代の眼で見るとおかしなところもあります。これは、江漢が、やや時代遅れのフランス版の世界地図を模写したためではないか、言われています。
その数年後の寛政8年(1796年)に、司馬江漢は、銅版による「天球図」を制作しました。(下図)
ここでは、「ギリシャ神話」にもとづいて、北天と南天の2枚の天球上に「星座」を描いています。江漢が下敷きとしたのは、オランダの「天球図」とされます。
この頃になると、司馬江漢の「地動説」への理解が進むとともに、宇宙の全体像への関心を強めていきます。
右図は、寛政8年に江漢が出版した『和蘭天説』の中の一図ですが、ここでは、「地動説」や「太陽系の構造」などについて説いています。
晩年の司馬江漢は、生来の自己主張の強さや型破りの行いが蘭学者たちの反感を買い、断絶状態となってしまいます。
60代に入ってからは、銅版画や油彩画はほとんど制作せず、禅や老荘思想に傾倒するという孤独な晩年でした。
60代に入ってからは、銅版画や油彩画はほとんど制作せず、禅や老荘思想に傾倒するという孤独な晩年でした。
文化10年(1813年)には、江漢(67歳)は、下図のようなチラシを作って、人々に配るということをやっています。
ここには「鎌倉・円覚寺の誠摂禅師の弟子となり、ついに大悟したが、病で死んだ」と書かれている。何と、まだ生きているのに、自分の「死亡通知」を市中に配ったのです。
その上、記された年齢も「76翁」と、実年齢(67歳)よりも9歳プラスして書いている。
その上、記された年齢も「76翁」と、実年齢(67歳)よりも9歳プラスして書いている。
このような行動は、洒落っ気からやったのか?
あるいは、世間に忘れられていく自分をアピールしようとしたのか?そして世間の反応を確かめようとしたのか?
どこか屈折した、孤独な精神状況を感じさせます。
あるいは、世間に忘れられていく自分をアピールしようとしたのか?そして世間の反応を確かめようとしたのか?
どこか屈折した、孤独な精神状況を感じさせます。
司馬江漢が本当に死んだのは、その5年後のこと。文政元年(1818年)10月21日、72年の生涯を閉じました。
まことに司馬江漢という人間は、江戸時代中期、社会の転換期に登場したそれまでに見られないタイプの革新的、かつ型破りの画家であり、間違いなく、新しい絵画のパイオニアだったと言えるでしょう。
まことに司馬江漢という人間は、江戸時代中期、社会の転換期に登場したそれまでに見られないタイプの革新的、かつ型破りの画家であり、間違いなく、新しい絵画のパイオニアだったと言えるでしょう。
これで≪江戸・洋風画の先駆者たち≫のうち、「司馬江漢」についての紹介を終わりとします。
次回からは、江戸時代中期、司馬江漢と共に、「銅版画」や「油彩画」などの「洋風画」に取り組んだ「亜欧堂田善」(あおうどうでんぜん)の画業を紹介していきます。
(次号に続く)
次回からは、江戸時代中期、司馬江漢と共に、「銅版画」や「油彩画」などの「洋風画」に取り組んだ「亜欧堂田善」(あおうどうでんぜん)の画業を紹介していきます。
(次号に続く)
2024-09-29 06:53
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