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海の見る夢 №85 [雑木林の四季]

     海の見る夢
         -Blue Bossa-
                 澁澤京子

・・国家が個人を、国家よりも高い独立した力として認識し、国家の力と権威は個人に由来すると考えて、個人をそれにふさわしく扱うようになるまでは、真に自由な文明国は決してあらわれないだろう。~『市民の反抗』H・D・ソロー

自民党総裁選の立候補者の顔ぶれを見ているうちに、ソローのように納税を拒否したくなってきた今日この頃。

真に自由な生活を送るためには、自分がどういった社会的習慣やものの考え方によって不自由になっているのかを、まず知る必要があるのかもしれない。年取ると体力の衰えなどは防ぎようもないが、身体が不自由になるのに反比例して、心は逆にどんどん自由になってゆくような気もするのは、加齢とともに余計なものがそぎ落とされ、もっとダイレクトに自分自身や「生」に向かい合う事ができるようになるからかもしれない。一方その反対に、加齢とともにますます愚痴・小言が多くなるとか、肩書などの虚栄に必死でしがみつくような老人特有の不自由さも世の中に存在していることは確かで、それは、年を取るにつれてアイデンティティは危機を迎え、いったい何に依存して己のプライドを守ったらいいのかわからなくなるからだろう。人間から名をとったら何が残る?という谷川俊太郎の詩があったが、名前、肩書など外側を次々とはぎ取ってゆくと、残るのはその人の「人間性」と「いのち」だけではないだろうか。 。。

・・僕たちが、必然的で存在する権利を有するものだけを尊重するなら、街中に音楽と詩が鳴り響くことだろう。~H・D・ソロー

先日,洗足の「You Would Be」でのジャムセッションは、こんなに溌剌とした初老のおじさまたちは見たことないというほどパワフルな演奏だった。皆、プロ顔負けの腕前の持ち主ばかりで、飛び入り参加する人のレベルも高く、ただ見ている観客(私を含む)のほうが人数少なかったんじゃないだろうか?演奏者も観客もともに「ジャズ愛」で一体となる至福の時間を過ごし、帰りに古くからの友人たちと一緒に遅い夕食をとったが、ジャズにどっぷりと浸かった幸福の余韻は続き、しばらくジャズばかり聴いて過ごしている。

昔から、年取っても元気なのは圧倒的に女性に多いが、年取ってから昔の仲間と好きな事に熱中する男性の場合、仕事の重圧からの解放感もあるせいか、傍から見ていると、とても幸福に見える。真の自由や幸福は、他人をも解放して幸福な気持ちにさせてくれることを実感したのと同時に、今の日本がいかに「生きる力」というものを削ぎ落すような社会になっているかと言う事も実感したのであった。

ジャズ演奏の技術も体力も優れた若い子にはいくらでもいるだろう・・しかし、おじさんというものは、人生は決して計画通りにいかないものだと言う事を嫌になるほど知っている。さらに、「生きる哀しみ」という音楽に不可欠なものも人生経験でもよく知っているせいか、人の心をしみじみと打つような演奏ができるのである。ヴィニシウスも「美しいサンバには哀しみが必要だ」と歌っているではないか。本当はジャズをやりたかったのに、家族を支えるために音楽を諦めてサラリーマンになったのだろう、どんなに仕事で嫌な辛い事があっても、ジャズを心の支えにして長い間耐えてきたのかもしれない・・マンガ「ブルー・ジャイアント」も、ドラマーを描いた映画「セッション」も、一流のサックスプレイヤーやドラマーを目指してひたすら修行する、といったスポ根的なジャズ修行の物語だが、仕事を引退してからジャズを再開すれば、プロを目指すという目的がなくなった分だけ逆に「今・ここ」に集中して演奏ができる。音楽で重要なのは心を伝えることじゃないだろうか?そして、音楽の本来の在り方は、音楽そのものを「今・ここ」で皆と分かち合うことにあるのかもしれない・・

去年、修道院で難民の食事作りのボランティアをしていた時、いつも夕食後にアフリカや中東の女の子たちがスマホで、自分の好きな音楽を聴いていたことを思い出す。それぞれの母国の音楽を教えてくれたり、一緒にダンスをしたりして、とても楽しかった。国を追われた状況でも、音楽というのは心の支えになる。そして、たとえ言葉が違っても、まるで音楽のように、人の心と心は通じ合うものなのだ。

ところで、「You Would Be」で演奏された曲の中に、よく聴いていて知っているのにどうしてもタイトルが思い出せない曲があったが(年取ったせいか・・)、何日かたってやっと思い出した。「Blue Bossa」。思い出せたときはすごくうれしかった。


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