地球千鳥足Ⅱ №54 [雑木林の四季]
アイダホの食堂は蠅を追い払いながら
小川地球村塾村長 小川律昭
小川地球村塾村長 小川律昭
イエロー・ストーンの帰り、関心があったのでアイダホ州のツイン・フォールまで足をのばすことにした。当州は一〇〇〇~一五〇〇メートルの高地にあり、スネイク・リバーを利用したダムからの潅漑用水や地下水を汲みあげて農業を振興し、水が供給出来るところのみ緑が広がっていた。丁度、インゲンの最盛期であったが、有名なのはもちろんジャガ芋。宿泊したアルコは街道筋の町で、レストランはその名もずばり「イート」(食えるぞ)が一軒、ビールもなく蝿を追い払いながら食事をする純田舎風食堂だった。モーテルも小窓のカギは壊れていた。だが結構お客はあり、安全でもあった。
国立公園、クレイター・オブ・ザ・ムーン(溶岩漠)への道程八五キロにガソリン・スタンドなしの看板があった。それどころか、木々もなければ家屋もない溶岩の岩漠が広がり、表面に弱々しくセイジ・ブラシ(やまよもぎ)が生えていた。その間は道のカープさえ七箇所しかない真っすぐな道だった。
一万五〇〇〇~二〇〇〇年前に噴火で出来たといわれる溶岩原野に立った。見渡す限り真っ黒く波打つ溶岩の大地は、異次元の世界だった。その中には一〇〇〇メートルに及ぶ地下壕があり、入り口から明かりの届く範囲だけしか見られなかった。奥は電灯とそれなりの身支度がないと歩けないという。樹木の育っているところもわずかにあったが、ある程度育ちながらも養分の途絶えた枯れ木が一帯にあった。
午後ツイン・フォールで滝を見ながらピクニック。ここは州の公園か、お立ち台も作られていた。日本なら白糸の滝のような観光名所に匹敵するだろうに、人影がまばらだった。後の予定は今夜の宿泊所を見つけるだけ。
フリー・ウェイの看板に誘われ、ラバ・ホット・スプリングに行った。その昔ネイティブ・アメリカンが健康湯として利用していたものを連邦が買い、州に引き継がれた温泉であった。
四〇~四四度と結構熱い。ここは温泉街、土産物や歓楽街はなく、モーテルがばらばら程度の健康的な田舎町。入浴客用の内湯モーテルもあったが、一目四ドルの外湯を利用した。ここは、露天温泉プールからジャクジ付の湯槽まで大小五箇所にわけてあった。プールの底は砂敷きで、ブクプクと泡を立ててお湯が湧いていた。最初は鉱泉と思っていたが本当の温泉、緑に囲まれた屋外で浸かれる大温泉なんてとても贅沢だと思った。痛めていた手首のリハビリには最高であった。
この温泉が海外の温泉に対する私の目覚めであり、旅の目標にもなってしまった。この町もファミリー・レストランしかなかった。アルコールなし。出されたものがどんな味でもそれに慣れるしかない。偶然に発見した温泉に、ぶっつけの旅の素晴らしさを味わった。
ちょっと嘗めただけのアイダホは素朴な田舎。この厳しい環境に住む人々の乏しい購買力に多くの州が享受している文明の流人を期待することが出来るだろうか。
(一九九五年十月)
『万年青年のtがめの予防医学』 文芸社
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2024-09-14 07:58
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