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夕焼け小焼け №44 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

赤い陣羽織 2

            鈴木茂夫

 舞台監督は、劇団ごとに独自の方法で取り組むしかない。
 私は舞台を造ってくれる大道具担当の上正原君と打ち合わせた。セットはおやじの家とお代官の屋敷の門だ。まずおやじの家には,広い土間、室内の馬小屋、座敷が要る。屋敷の門は開けたり閉めたりするから、しっかりしたものに仕上げてくれた。。
 上正原君にそれだけ言うと、うなずいてスケッチブックにさっと描いた。後は任せておけばいい。衣装、小道具担当の係には、は必要な品目を書き出して表にするよう依頼する。リストをつくる。

あらすじ・稽古
 石田は懸命に、それぞれの場面、セリフに細かい指示を出していた。立ち稽古に入ると誰もが芝居の中のひとになっていた。
 おやじは40代、30代の女房は3年前に夫婦となり、仲は円満だ。
 色好みのお代官は女房に目をつけ赤い陣羽織をまとい、しばしば見回りにやってくる。
 気になるおやじは女房が心配で馬小屋の天井に隠れる。
 お代官は一人の「こぶん」を連れて現れ、女房が一人なのを確かめて入ってきた。
 茶を所望し、女房に自慢の陣羽織を触らせ、そそくさと帰った。
 お代官が帰って気楽になったおやじと女房は、どぶろくを飲んで歌う。

 突然、どんどんと入り口を叩く音。
  「庄屋さま」と「こぶん」の二人が、。
    「お上の御用だちょっと来い」
 「おやじ」は「庄屋さま」に引き立てられて出て行く。
 後に残った女房は、
  これはどう考えてもお代官さまのさしがねだ。今夜はきっとお代官さまが押しかけてくるにちがいない。まず戸締まりが肝心だ。(入り口にしっかりとしんばり棒をかう)それからと、もし押し破ってはいってきたら,うん(鍬(くわ)を手に取って振ってみる)

 その深夜。
 入り口が大きく開け放たれ、いろりの部屋に赤い陣羽織と着物が放り出されている。
 そこへ「おやじ」が帰ってきた。それを見た「おやじ」は「お代官」の着物と赤い陣羽織を着用した。 
  おやじ どうだ畜生。うちのおかかを寝取りよったで、おらも、おらもあっちのおかかを寝取ってやるだ。分かったか。ええい、腹据えて,やったルどう。ふん、こら面白えわ。あっはっは、あっはっは。」
  お代官  やいこら。あれ、誰もおらんか。ハクショイ。おら、あそこに寝かされてから、また気が遠うなっとったと見える。ああ、ひでえ目に会うたど。ぶるる、ハクショイ。(いろりにあたる)ああ、おら、かみさんはほんまにおらを殺す気かと思うたど。ううん、あの鍬だ。
 「おやじ」は,「お代官」の着物、赤い陣羽織を着ている。
 「お代官」は、「おやじ」の着物を着ている。
  着ているものが替わり、二人の風貌が似通っているから、みんな取り違える。
  壮大なる「お代官さま」の屋敷の門が立っている。
  お代官 (もう一だんと声を張って)やいやい女房、旦那さまのお戻りに何しとる。やいこら女房、聞こえんか。
  奥方の声 門番や、あけておあげ。  
 巨大な門扉がさっと八文字に開かれる。真正面に、きちんと身じまいをした「奥方」。その左右に腰元どもが控えている。
 お代官 (気を取り直して、わざと気軽そうに、「こぶん」へ)おいこんか。
  (はいろうとする)
   奥方 あんたは誰です。
   お代官 な、な、な、(「何を」といおうとするのだが、それが唸り声になってしまう)
   奥方  (腰元に)それではご主人さまをお呼びしておいで。
    腰元数名が奥へはいって、すぐと陣羽織を着た「おやじ」を案内してくる。
   奥方 まああんた方は、早う着物を着かえておいでなされ。
     「お代官」と「おやじ」の二人、腰元どもに導かれて奥へはいる。
   奥方 あとは、あんたには重々すまなんだけれど、暫時の間お借りして,うちのご主人をいためる用に使うただけ。なあみんな。(腰元ども一せいにうなずく)
      そこへ、元通りの服装に戻った「お代官」と「おやじ」が現れる。
   女房 あんた、(「おやじ」に抱きつく)
       お代官  おほん、おほん、(奥方に)やい、事の次第を申し述べんか。
   奥方  あんたには、こちらこそ伺いたい事が、たんとござりますわ。
   お代官 (再び扁平になる)
   奥方  よんべの一ぶ始終を、とっくり伺いましょう。

本番当日。
 大隈講堂にかなりの観客を迎えることができた。
 石田が緊張した面もちで、
 「舞台監督にお任せだ。頼みます」
 ベルが鳴って幕を上げた。本番だ。
 私は舞台の下手の袖にいて、劇の進行を見ていた。
 俳優は稽古の時よりも仕上がりができている。
 言うことはない。進行も予定時間に入っている。
 「おやじ」と「お代官」がお互いの着物を取り違えて着用したあたりから、笑い声が聞こえてきた。そうなのだ。欲しかったのは観客からの笑いだ。
 「お代官」の門前で「お代官」が「奥方」にはいつくばると、笑い声は一段と高くなる。
 私たちの「赤い陣羽織」は笑劇にできたのだ。ともかくよかった。成功したのだ。
 頃合いをみて、幕を下ろした。
 「女房」から小寺加寿子さんに戻った加寿子さんは、満ち足りた笑顔だ。
 「お代官」はしばらくこれで生活するよと笑っている。
 石田は満面の笑みを浮かべて、それぞれの役に頭を下げている。
 最初で最後となる私の舞台監督は楽しかった。
 自由舞台は「彦市ばなし」「三年寝太郎」「赤い陣羽織」の3本を立派にやりとげたのだ。



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岩本啓介

来月、体育館でお会いできることを 楽しみにしています
by 岩本啓介 (2024-09-16 06:18) 

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