夕焼け小焼け №43 [ふるさと立川・多摩・武蔵]
赤い陣羽織 1
鈴木茂夫
鈴木茂夫
劇作家木下順二は、昭和20年代に民話劇に取り組んで優れた多くの作品を生み出している。劇団自由舞台はそれらの中から上演項目として3本を選んだ。
「彦市ばなし」は、彦市が天狗の子どもをからかって、天狗の隠れ蓑を手に入れる。
「三年寝太郎」は、寝ながらさまざまに智恵をはたらかす。
「赤い陣羽織」は、色好みのお代官の失敗談。
坪松裕が「彦市ばなし」を担当すると言った。
浅野多喜雄が「三年寝太郎」で新しい演出をするとのこと。
石田周久が「赤い陣羽織」を初めての演出だと張り切っている。私に舞台監督をして欲しいと希望した。私にもそれは初めての仕事だ。
石田は私と同年。小柄で話し好きだ。初めての演出だと張り切っている。
ある日、問わず語りに自らの生い立ちを口にした。
石田は昭和19年(1944年)東京の麻布中学の2年生で東京陸軍幼年学校を受検した。
陸軍幼年学校は日本陸軍の中核となる士官の養成機関で東京、大阪、名古屋、広島、熊本に所在する。帽子と制服の襟に星のマークがあり、星の生徒と呼ばれた。3年間の養成機関を終えると士官学校に進む。
中学の席次が1番か2番という生徒が集まり、それでも平均5倍の競争率だったという。みごと333人の合格者の一人となる。秀才なのだ。語学は英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語のうち、ドイツ語を選択した。
生徒は誇りをもって校歌を歌っていたという。
戸山ケ原の朝づく日 富士の高嶺の夕映えも 希望の窓に照りそいて
甍そびゆるわが武寮 つどえる健児のむくろには 赤き血潮のたぎるあり
敗戦で東京陸軍幼年学校は廃校となり、麻布高校に戻って早稻田の独文科に進んだ。
幼年学校でドイツ語を学んでいたから大學でのドイツ語はやさしいと言った。
石田には同じ劇団の吉松英子さんが世話女房のように連れ添っている。石田以外には目もくれない。
まず私は石田に話しかけた。
「この「赤い陣羽織」の題名の隣に Farce とある。これはこの芝居が笑劇だとしている。深刻な芝居じゃないんだ。楽しめる、笑える芝居にしなきゃ」
石田は答えた。
「俺もそれに気づいている。問題はどうやって笑える芝居にするかだよ」
二人の意見は一致している。後はどう創り上げるかだ。
主な配役を話し合った。
配役
お代官 細面手で眼が鋭い。法学部2年の西尾尚君がびたりだ。
その奥方 日本女子大国文科2年の本多則子さんはふくよかで適役だ。
お代官のこぶん
お代官の屋敷の門番たち(声のみ)
庄屋さま
おやじ(百姓) 西尾君の二役で間に合う。
その女房 国文科二年の小寺加寿子さんは、美人だし優しく豊満で決まりだ。
奥方の腰元おおぜい
本読み
本読みをはじめた。5度6度と読み重ねた。だんだんと雰囲気が盛り上がる。
この芝居は「おやじ」と「女房」の夫婦の物語りなのか、お代官の浮気の失敗が本筋なのかと意見が別れた。
石田が、
「封建時代の、村社会の支配構造による権力関係もあるんじゃないか」
西尾が反論した。
「そんな階級闘争のようじゃないよ。お代官は男として、美貌の女房に惚れ、なんと かモノにしようとしたが、ドジなことをして失敗しただけだぜ」
渡辺暉子が切り口上で、
「ねえ、そのモノにするって何ですか。女性を性の対象としか見てないわ」
石田が両手を挙げて、
「しっかり本読みしてきたから、みんなのあらかたの意見が出てきたね。この芝居は一幕物だよ。封建時代の社会の構造や村社会の状況を映してはいるよ。だがもっとナマな村の雰囲気を描いていると僕は思う。村社会の実地調査をまとめるのではなく、楽しい芝居を創るんだから、それぞれの意見は、そのままに受け止めて役作りに入って行こうよ」
何度も読み返す度に、「おやじ」と「女房」の息があってくる。特に「女房」が笑うとき、「おやじ」への思いがこもってきた。
おやじ おらなあ、お代官さま、やっぱ、おまえに気があるでねえかと、こう思 うだがな。
女房 うふん、あんたもそう思うかね。
おやじ はれ、おまえもそう思うか。ふうん、やっぱ、このみちばかりは、お代官さ までも村の衆とかわりはねえもんかのう。
女房 あんた、気になるかね。
おやじ なんの、おら、このことばかりぁ、だれがおまえに言いよろうと、なあ、そうだろが。
女房 ふふふ。(とわらいながら、なおも「おやじ」の着物をなおしてやる)
おやじ ふふふ、こら、人が見たらみつともねえでねぇけ。
女房 でも、あんた、もしわしがほかの男になびいたらどうするね。
おやじ そげなばかなこと。うふん、でも、万が一そういうことでもあったなら、おらもう、うーむ、ばか、そげなことがあってたまるもんかい。
女房 あはは、おこったかね。そうともよ、そげなことがあってたまるもんい。
(ふたり、声をそろえてわらう)
夫婦ならではの会話で、「おやじ」は「女房」がほかの男になびいたりしたらどうしよう もなくなると思いつめている。「おやじ」の西尾さんは「俺は真面目で小心な人物なんだよ。この役はまさに俺にそっくりだ」と笑いながら役をつとめている。
「女房」の小寺加寿子さんは、受け答えに余裕がある。加寿子さんの人となりから自ずとにじみ出る色気といっていい。それはコケットリー(Coquetry)だ。フラーティング(Flirting)ともいえる。
私たちは思いもかけない男優と女優を掘り起こしたようだ。
2024-08-28 07:10
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