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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №135 [文芸美術の森]

        シリーズ:江戸・洋風画の先駆者たち
            ~司馬江漢と亜欧堂田善~
              第4回             
        「司馬(しば)江漢(こうかん)」 その4
           美術ジャーナリスト  斎藤陽一

≪司馬江漢の油彩≫画から≫

 前回まで、司馬江漢がわが国で初めて制作した「銅版画」の数々を紹介しましたが、西洋画に憧れる江漢はまた、自ら工夫を重ねて、油彩画の制作を試みました。

 今回は、江漢の「油彩画」をいくつか紹介します。

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 上の左図は、司馬江漢が寛政初年に描いた油彩画「オランダ馬図」

 この絵の下敷きとした図は、オランダ渡りの銅版画集『諸国馬画集』の中の一図(上図の右)。江漢は、これを西洋画のようなカンバスではなく、日本画で用いる絹地(絵絹)に描いています。 

135-2 のコピー.jpg 江漢は、左側に大きな樹木を配し、中央に量感あふれる馬を、中景には池、遠景には洋館を配するという、視線を奥へと導く「遠近法」によって、この油彩画を構成しています。

 お手本とした原図は横長ですが、江漢は東洋の掛幅のように縦長に描いた。床の間に掛けることを意識したものでしょう。

日本画と洋画を融合させた、どこ不思議な味わいの牧歌的な絵となっています。 

 西洋の油絵具の作り方を知らなかった司馬江漢は、自分自身で考案したやり方で絵具を創りだしました。その方法は下図のような手順:

135-3 のコピー.jpg 先ず、荏胡麻から絞った油を煮る。そこに乾燥剤として「密陀僧」(みつだそう:一酸化鉛)を加えて煮沸させる。
 かくして作った油を媒材にして、日本の顔料を油で溶く。このように苦労して編み出したのが、江漢が用いた洋風画の絵具です。
 江漢は、この自家製の絵具を用いて、麻布のカンバスではなく、絵絹に描くのを通例としました。そして「掛軸」に仕立てられたものが多い。

 ところが、江漢手製の絵具は、劣化しやすいという欠点があった。この「オランダ馬図」でもそれが顕著に表れており、絵絹に塗った絵具が剥がれ落ち、その跡は茶色に変色している。
 とは言え、馬の胴体の立体感や地面にのびた長い影、奥行き感のある遠近法的構図、雲が流れる空の微妙な色のニュアンスなどは、従来の日本絵画を見慣れていた当時の人達を驚嘆させたに違いありません。

 もうひとつ、司馬江漢が描いた「油彩画」を紹介します。

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 双幅として描かれたこの絵もまた、オランダ書の銅版画を下敷きにしていますが、堂々たる油彩画となっています。

 左幅では、男性が波止場に立ち、海に向かって右手を突き出している。
 右幅では、女性が木の下に座っている。その後ろには黒人の少年が。
 二幅並べると、男と女の視線は交流し、それぞれの仕草も呼応している。このような双幅の仕立て方は、江漢の工夫です。
 こんな油彩画を見た江戸の人たちの眼には、それまで見たことのない、西洋風のエキゾチックな絵として映ったことでしょう。

 江漢がこの絵の下敷きとしたのは、自ら所蔵していたオランダの銅版画集『人間の職業』に載っている図。(下図参照)

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 左幅の男は『人間の職業』の中の「船員図」。
 右幅の女は、その表紙に描かれた『知恵の寓意像』を下敷きとしている。それらを江漢は大きく仕立て直して、本格的な「油彩画」にしたのです。

 司馬江漢が描いた淡彩画をひとつ紹介します。
 下図は、江漢が寛政年間に絹本に描いた「異国工場図」。

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 これまで見た重い感じの油彩画ではなく、墨絵のような描線と淡い彩色によって、絹の地色を活かした軽やかで明るい淡彩画となっています。

 描かれているのは、錫(すず)製品、いわゆる「ピューター」製品を作る工場。この部屋に描かれている様々な器は、錫製の食器類です。

135-7.jpg この絵も、オランダの銅版画集『人間の職業』の中の「錫食器工場図」を下敷きにしています。(右図参照)
 しかし、原図が8cm足らずの小さなサイズなのに対して、江漢は、横幅129cmと大きくし、全体構成も大幅に変更しています。

 横長にした画面の遠近法の「消失点」は、窓の外に広がる地平線上に設定して奥行き感を出している。

 明るい光が室内に差し込んでいるが、よく見ると、光源の位置は不明確なので、影の方向はまちまちで不統一。
 しかし、室内に差し込む光の描写は柔らかで、美しい。 
 それまでの日本の絵画にはなかった新しい絵画世界が生まれています。

 次回は、司馬江漢が40歳前半に行なった「長崎旅行」をきっかけに描くようになった油彩による「風景画」を紹介します。

(次号に続く)


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