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山猫軒ものがたり №45 [雑木林の四季]

増殖 2

          南 千代

 夫には器より先に焼きたいものがあった。炭である。陶芸の窯ができたついでに、その下に炭焼き窯を造りたいという。梅本の八郎さんに遣り方を習うことになった。
 炭は、主に山猫軒の囲炉裏で使うが、その他にも炭焼きの過程で出る木酢液を畑の作物に利用できるなど、用途は広い。
 夫が大きな穴を掘り始めた。八郎さんも、時々顔を出して教えながら、要所を手伝っていく。掘った穴の壁に耐火レンガを積んでいく。狭い入り口も作った。薪を、上部がアーチ状になるように詰める。材料の木は自家用なら、木の種を選ばなくても何でもいいという。主にケヤキやナラの木とした。その上に、むしろをかける。
 次に、山から土を運んできて水でこね、上に土盛りをする。コテを使ってかまくらのようなカタチにした。こねる作業も、塗り付ける作業もかなりたいへんだ。空気がスがもれないようにキッチリ漁り囲めた後、カケヤで叩いて土を締めしばらく乾燥させる。
 空気孔を残して入り口を閉じて土を塗り、いよいよ焼きに入る。炭焼きの場合は、八時間から十時間ほど燃した後、空気孔を少し残して閉じ、蒸し焼き状態にして炭化するのだ。
「煙が白から青に変わったら煙突のとこにマッチの頭を近づけてよ、三つ数えて火がつくようになったら、ふさいでもかまわねえ」
 八郎さんは、そう教えてくれた。窯の中の温度をこれで知るということだろうか。様子を見るために、窯のそばにつきっきりの夫は、全身に煙がしみついて、いい匂いがする。
「クサーい」
 と、私がからかうと、
「炭焼いている人に病人は出ない、つて八郎さんが言ったよ」
 と言う。理由はわからないが、確かに全身煙にいぶされて病原菌もつかなくなりそうだ。
「それからね、炭焼きは夫婦でやるもんだって」
 最初である今回は、炭と同時に薪の上の土も焼いて窯も造るので、薪を詰めるのは不便ではなかった。が、二回目からは人一人が腰をかがめてやっと通れる狭い出入り口で、薪を窯の奥まで詰めたり、炭を出さなくてはならない。一人ではきつい作業だ。
 温度が上がったようなので空気孔をふさぎ、土で入り口を塗り固める。後は、炭になるのを待てばよい。夫が、あわてて家の中にいた私を呼びにきた。
「天井にヒビが入って煙がもれ始めたんだ。急いで補修しなくちや」
 煙がもれるということは、空気が通るということ。酸素が入れば炭にはならず完全燃焼し灰になる。大あわてで、土をこねてフセをした。大丈夫だろうか。
 普通、四、五日後。温度がひくのを待って窯を開く。ところが、なかなか窯がさめない。途中で開けて火がついたら水の泡なので充分時間をおくことにした。八郎さんも心配して見に来てくれた。
 一週間が過ぎ、ようやく下がったようだ。開けることにした。夫は私にカメラを持たせ、自分が開ける所を写せ、と言う。私はカメラを構、真が入り口のレンガを外すのを待った。入り口が開いた。私の口も開いた。レンズの向こうに、窯の奥の壁が見える。炭なんてカケラもない。全部燃えてしまっていた。窯の地面に灰がうっすらと残るだけ。
「いつまでも熱いから、へンだと思ったんだよなあ。やっぱり失敗だったか」
 夫が、肩を落としてガッカリしている。
「また焼けばいいじやない、ね」
 それにしても気持ちがよいほど見事に燃えたものだ。残った灰が、とても貴重に思える。畑にまいて、作物を育ててもらおう。花咲かじいさんが、灰を木にまいた気持ちがわかる。
 炭焼きは、その後補修を重ねて再度、挑戦した。木を運んで降ろし、私が外から一本ずつ窯の中の夫に渡す。窯の中は腰が伸ばせないので、かなり辛い。時々交替しての作業となる。
 今度は成功した。約十俵ほどの炭ができた。囲炉裏やバーベキューの一年分には充分な量だ。クズ炭は、畑にまいて土づくりにも一役かう。
 田畑の作業に七りんと炭を持っていくこともある。名づけて、七りん隊。畑作業の後、遠くの山々を眺めながら焼いて食べる野菜や肉はうまい。時には缶ビールを持って行き、食後、畑小屋のワラの上でひと眠りする。至福の時間。こういう時に限って、机の上で考、葺いても出てこない商品ネイミングやキャッチコピーもスンナリと夢の中に現れてくれる。
 陶芸用の窯に炭焼き窯。塩田さんが造ってくれた鉄の門扉や門灯など。山猫スタジオは、少しずつ生き物のように増殖していく。
 母屋の裏には、私の仕事スぺースとして中二階寝室付きの十坪ほどの別棟もできた。広いベランダもある。夫は、家の前の道から見て景観上よくない洗濯物などは、ここに干せと言う。ふだんは、歩いて通る人など滅多にいない。しかし、この町の七福神巡りのハイキングコースとなっているため、正月など山歩きに適した季節にはハイカーが大勢通る。正月には毎年歩くのを恒例にしている人もいるらしく、庭にいると声をかけられる時もある。
「今年は、門ができたんですね。毎年少しずつ何かできてって、お宅の前を通るのが楽しみなんですよ。黒いネコちゃんはまだいるんですか」
 そうか。そうやって、知らない所でもたくさんの人が、この家や空間を育ててくれていたんだ。

『山猫軒ものがたり』 春秋社


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