海の見る夢 №82 [雑木林の四季]
海の見る夢
-トランプはジャズを聴くだろうか?-
澁澤京子
トランプ元大統領が狙撃されるというニュースが入ってきた。かすり傷ですんだトランプの副大統領候補のバンス氏はラスト・ベルト(鉄鋼業や自動車産業などで一時期栄えて、今はゴーストタウン化した地域)地帯から脱出してアイビーリーグに進学した秀才。以前、その著書『ヒルビリー・エレジー』や金成隆一さんの『トランプ王国』を読み、アメリカのラスト・ベルト地帯の人々は、トランプの人間性を嫌っても、他に選択肢がないのでトランプを選ぶ人が多い事を初めて知った、廃れてしまった鉄鋼業をもう一度、というアメリカンドリームの夢をトランプが叶えてくれると信じるしかない人々(もちろん、かなえられたことはない)絶望と貧困の中で苦しむ人々がなぜトランプを選ぶのかは、『ヒルビリー・エレジー』と金森隆一さんの優れたルポ『トランプ王国』に詳しい。
と、ここまで書いていたら、ついにバイデンが候補者から撤退というニュースが飛び込んできた・・ということは、カマラ・ハリスが大統領選に出馬ということになるのだろうか。ハンナ・アレント、ジュディス・バトラー、上野千鶴子と女性には優れた政治哲学者、社会学者が多く、現実的な女性のほうが実は政治家に向いているんじゃないかとずっと思っていた。最も、男尊女卑に加担する女性は少なくなく、たとえば自民党系議員の中には、男性社会と権威に媚びる形で無意識のうちに男尊女卑を助長させている女性議員が多い。家父長制の根強い韓国や日本でミソジニー、自立した意見を持つ女性に対する嫌悪感が蔓延するのは、選挙後の、執拗な蓮舫叩きで一目瞭然だろう。(日本社会に根強く浸透している男尊女卑が、男らしさ女らしさを無言で強要し、アルコール依存や日本に多いワーカホリックなど様々な依存症を引き起こしている根源になっているという斎藤章佳さんの『男尊女卑依存症社会』は考えさせられる本)これからの時代は、民族や文化の違い、あるいは男であるとか女であるとか、貧しいとか裕福であるとかそうした属性以前に、まず、一人の人間としてどういう生き方をしているか?どういう考えを持っているか?を問われることのほうが、ずっと大切なことになってくるのではないだろうか?
有色人種であるカマラ・ハリスが女性初の大統領に選ばれるのはとても喜ばしい。彼女が極右シオニストの圧力を拒絶する勇気を持ち、パレスチナ停戦に持ち込むことができますように・・
一方、トランプの再選によって予想されるのは、彼がキリスト教右派団体を背景に持つ親イスラエルの立場をとることから(銃撃後、キリスト教右派団体によりトランプの神格化が進んでいるらしい)、パレスチナがますます悲惨な状況に置かれること。(トランプの提案する和平案は、エルサレムはイスラエルの首都に、ヨルダン川西岸はイスラエルの領土に、などパレスチナ側に不利なものばかりで少しも和平ではない)バイデンもそうだったが、かつてレーガンが南アのアパルトヘイト政策を支持してネルソン・マンデラをテロリスト呼ばわりしていたように、トランプはイスラエルによるパレスチナ抑圧をより強力に支持するのではないだろうか。そしてまた、ウクライナも不安定な状況に置かれること。地球温暖化の問題は「地球温暖化のウソ」と吹聴して放置され、ディープステートのようなとんでもない陰謀論が典型だが、世の中を操る「悪」を設定して「光と闇の戦い」とし、それに洗脳される人々が増えること。陰謀論を真に受ける人は、おそらく人間的には素朴ないい人なのだろう、しかし、集団化すると暴力的になるのはおそらくそうした素朴な人々なのだ。商売人で抜け目のないトランプに、日本はまたオスプレイ(他の国は欲しがらない)のような欠陥商品を高額で売り付けられるはめになるのではないだろうか?そして、そうした無駄遣いはすべて国民の税金から賄われると思うとやりきれない・・トランプにとって日本は、多額なお金で欠陥商品を引き取ってくれる便利な国にすぎない。いつの間にか日本の防衛費は増大し、過去最大の金額になっている・・
トランプは経済に強いと言われているが、彼の経済政策を信じるのは、アベノミクスを信じるのとたいして変わらないように思う。また、白人至上主義者で排他的なトランプ政権に危機感を持っているのは、日本でも(特にネット右翼)トランプを真似た他のアジア諸国に対する人種差別が広がり、外国人労働者に対して排他的になる恐れがあるからだ。ちなみに外国人労働者の割合は、日本2%、アメリカ15%、フランス・ドイツ11%、カナダ23%、イギリス13%、韓国3、2%(2023年度)と、日本は韓国と比べても外国人労働者の割合は低く、難民認定率になるともっと極端に低くなる。アメリカの場合、メキシコからの移民に薬物を持ち込むマフィアが混じっているなどの危険性があり、また、農業生産が世界ランキング3位のアメリカはアメリカファーストの孤立主義でもやっていけそうだが、エチオピアよりも農業生産が低い今の日本(18位)。手厚い補助金が出るため、場合によっては企業エリートと同じくらいの高収入のある裕福なアメリカの農家に比べ、新しい法案により、アメリカとは真逆の方向に進んで苦しむ日本の農家を見ても、日本とアメリカとの状況はまるで違う。日本の状況を考えると排他的になるのも、自国ファーストの孤立主義をとるのも無理があるのではないだろうか。
・・ある日の私と友人の会話
「トランプはジャズを聴くだろうか?」
「オバマはジャズを聴きそうだが、トランプは絶対に聴かないだろうな。」
渋谷タワーレコードのジャズコーナーは、クラシック音楽と同じフロアにあったが、本来は大衆のための音楽であったジャズが今やクラシックと同じくらい、敷居の高い音楽になっている。トマ・ピケティが「バラモン左翼」と名付けたように、本来は庶民の味方である左派リベラルもエリート化して庶民から遊離してしまい、今、そうした階層格差は深刻な問題だろう。
この間、日経新聞に出ていたのが、共和党支持層と民主党支持層の趣味や文化の違いをわかりやすく図表にしたもので、これによると保守派の共和党支持層はカントリーミュージックを好み、リベラルな民主党支持層はラップなど黒人音楽を好むということになっている。おおざっぱに分けると(共和党~保守=地方)(民主党~リベラル=都市部)。こうした趣味嗜好や価値観、ライフスタイルの違いは昔からあって、対立もなく普通に共存していたのが、なぜ今、ことさら「分断」と言われるようになったのだろうか?日本でそうしたカテゴリー化がはっきりと出てきたのは安倍政権時代からで、安倍支持者を指す「ネット右翼」という言葉は私もさんざん使ってきた。そうしたカテゴリー化にも原因があるかもしれない・・しかし、SNSで彼らの柄の悪い応答に辟易としたのも事実で、ヘイトスピーチが公に出てきたのも、そのころ。また、米連邦議事堂襲撃事件は記憶に新しいが、選挙に不正があったというトランプのウソに煽られた狂信的な人々の起こした暴力事件で、ある事ない事を吹聴して平気でライバルを蹴落とす人間がトランプなのである。平気でうそをつく政治家は日本にもいたが・・左翼のエリート化と大衆離れ(日本の左翼の場合はエリート化というより衰退)、それに反発する「力の論理」信仰とヘイトスピーチと陰謀論。
私がアメリカのラスト・ベルト地帯に興味を持つようになったのは、ユーチューバーであるバッパー翔太君の「アメリカ・レポート」からで(同じくユーチューバーである、ピーター・センテネロさんのアメリカ・レポートもとても面白い)、『ヒルビリー・エレジー』という本も彼の番組で知った。それまでトランプ支持者というと、陰謀論を信じる狂信的な人々であるとか、白人貧困層といったおおざっぱなイメージしかなかったが、『ヒルビリー・エレジー』や金成隆一さんの『トランプ王国』、そして、バッパー翔太君のインタビューに答えるラスト・ベルト地帯の人々は、別に熱狂的なトランプ信者でもなく、知性のある、貧困と無力感と絶望感に打ちひしがれたごく普通の人々。彼らは弱肉強食の資本主義とアメリカ政府から切り捨てられ、見捨てられた人々なのであり、彼らの絶望感や悲しみがひしひしと伝わってくる。ウクライナやイスラエルに武器支援するお金があるのなら、まず自国の貧困問題に目を向けてほしい、というのが彼らの切実な願いだろう。
アメリカで起こることは、それぞれの国の状況は違っても世界中で起こるような時代に私たちは生きている。
バッパー翔太君のアメリカや中南米のレポートを見ていると、日本はまだ格差社会とはとても言えないほどすさまじい貧困が存在するが、以前、山谷で炊き出しのお手伝いしていた時、いつもナイキの運動靴にお洒落な服装の中年男性が行列に並んでいたことを思い出す。一様に小奇麗な恰好をしている日本人だが、それだけに今、日本の貧困は見えにくいところでじわじわと広がりつつあるのかもしれない。
2024-07-29 19:33
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