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山猫軒ものがたり №44 [雑木林の四季]

増殖 1

            南 千代

「家も出来たし、さあ、今年は仕事をしなくちゃね、南さん」
 正月、遊びにきた山田社長に、夫が言われている。金もないのに、遊び呆けている私たちをずいぶん心配していてくれたらしい。
「世界に通用する会社案内を作ろうと思ってね、製作を頼みたい」
 山田さんの会社では、レジンコンクリートや石材など景観環境資材を製造したり扱っている。街路や公園のストリートファニチャー類や商業空間の素材、モニュメント制作などから、旧・法務省赤レンガ棟の、建築美術の保存改修の仕事などまで。その範囲は幅広い。環境産業にも力を入れており、焼却灰からの建築資材製造、生態系を壊さない水の浄化システムなども研究開発している。
 私たちは、ありがたくその仕事を受けた。そして、制作を進め会社を訪ねるうちに、手をつけてもらったのが、会社と工場の周囲を延々と囲んでいた、灰色のコンクリート塀の一新である。塀は、周辺児童の通学路に当たっている。楽しい絵を描いたらどうか、とエンちゃんを紹介した。彼女は、人形作家だ。その、ほのぼのとした明るい人形は、小学校の音楽の教科書の表紙を飾っていたので、この絵を塀に描けば子どもたちも喜ぶに違いない、と思った。
 山田さんはこの企画をすぐに実行し、塀は明るく楽しく生まれ変わった。これをきっかけに私たちは、景観美術研究所を開くことになった。例えば公園など、パブリックスペースのコンセプトイメージ設計、造形物の制作を含めた空間のプランニングなど。都市を、地方を改めで見回してみると、気づくことが多い。
 入ってはいけない芝生、舗装された公園の舗道、どの地方に行っても区別のつかない地
場産業センターとやらに道の駅。もっと、大地や自然が持つ力と魅力そのものが育てる景観ができないものだろうか。景観美術研究所のスタートだ。プランニングから設計や造形まで。仕事はいつも、必要に応じて適切なメンバーを組む。
 宮沢賢治の故郷である岩手でも仕事をすることになった。ある企業が、コミュニティ施設を造りたいという。従来なら、保養所と呼ばれてきた施設づくりだが、そういう既存の範疇に縛られない空間を、土地の人々も参加した手づくりでこの地に育ててみたい。
 周囲には、青々と田が広がり、なだらかを丘が続き、透明な風が吹く。バラが咲き、クローバーが大地をおおい、さまざまな果樹が実り、湖が広がり、羊や牛が鳴く。期せずして賢治の故郷での仕事に恵まれるなんて、願ってもない。きっそくチームを組む仲間たちと、現場で、スタジオでミーティングを重ねる。
  施設を造る地域の気候、風土、産業、特産、植生、歴史、風俗、気質や、利用の仕方、町との関わり方、現場の自然環境、将来のプランから予算の都合などまで。調べたり考えたりすることは多い。大勢の仲間たちが、協力してくれることとなった。なるべく現場の土を動かさず、土地や植生から建築素材まで、自然も含めてこの地に関わる人やモノや命たちの、個性を生かしたものを創りたい。仕事は現在進行中。さまざまなポイントから眺め、プランは、「でくのプラン」、テーマは「INGランド物語」とした。

 建物は、完成した時で終わりではない。土地も建物も人も自然も、空間に新たなリズムが生まれると、そのリズムは周囲のすべてに変化を与え揺らぎつつ、自らもその変化に呼応しながらカタチを変えていく。のではないかと思う。はじまりも終わりもなく、どこまでもプロセスであるINGとして渦巻いていく。
 新しく生まれた山猫スタジオも、変化を続けている。
「薪窯で作品を創りたいと思ってはいるけど、場所がなくて」
 陶芸の作品展を山猫ギャラリィで開いた栄さんが言う。彼は、樋口さんと共に、所沢市に二藍工房を構えていた。薪窯による作品づくりは、幾昼夜も薪を燃し線ける。煙を出し続けても近所に迷惑をかけないヒ地であること、自然紬に適切な燃料である地松が手に入ること、それらを貯めておく地¥土地も日梅雨であること、など。さまざまな条件を考えると薪窯を持つのはなかなか難しいのだそうだ。
「どこか、このあたりにいい場所がありませんかねえ」
 と、言う。
 夫は、相談に乗ってあちこち捜したが、電気も要れば水も使う、寝泊りのための場所もトイレもとなると、いくら山に恵まれた土地柄でも、そんなにすぐに見つかるわけはない。結局、山猫スタジオの樵はどうかということになった。
 夫は、地主に頼んで借りる土地を増やすことにした。しかし、土地は湿地で水が湧いている。水抜きと整地の工事を業者に頼むことから始めなければならなかった。何とか土地ができると、今度は窯を造る材料の手配だ。
 山田さんの紹介で、与野市の石垣商店がとっておいた古い耐火レンガをくれるという。さっそく栄さんも一緒に引取りにいく。窯造りは、二藍工房の二人ががんばる。その間に吉山さんに頼んで屋根をかける、不要な地松を地元の製材所に頼んでおく。製材所へは、町で鋸の目立てをやっている伊藤さんが声をかけておいてくれた。
「地松が入ったけど、要るかい? 要れば早く引取りにきてくんな」
 製材所から連絡が入ると、すぐに夫はお礼に一升瓶を抱えて、木を引取りに軽トラックを走らせる。すぐに行かないと、製材所も邪魔だから処分してしまうのだ。栄さんをはじめ、樋口さんも彼の仲間たちも、山猫軒の仲間たちも時間を作っては、薪割りに精を出す。こうして何とか、彼らが薪窯で作品を焼くことができるようになった。
「南さんたちも何か器を入れませんか」
 栄さんが声をかけてくれた。残念なことに私たちはまだ陶芸をやったことがない。いずれは自分たちの手で器も造ってみたい。

『山猫軒ものがたり』 春秋社



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