住宅団地 記憶と再生 №39 [雑木林の四季]
Ⅳ 公団住宅の「建て替え」事業とは何だったのか? 3
国立市富士見台団地自治解消 多和田栄治
「敷地の適正利用」と「居住水準の向上」
国鉄民営化のねらいの一つがその用地であったように、住宅公団はもっぱら好立地の住宅用地がねらわれた。昭和30年代に管理開始された17万戸は、都心とその周辺市街地など立地条件のよい場所に建てられ、しかも敷地の利用容積率は低い。大部分が法定容積率150~200%にたいし現況70%を下回っていた。初期の住宅規模はほとんどが2DK、3K以下で狭く、設備水準も今日からすれば劣っていたことは確かである.。これらの事実をもって、建て替えの理由に「敷地の適正利用」と「居住水準の向上」をあげたが、ねらいは団地敷地の開放にあった。
建物が年をへて劣化していくのは自然であり、平素から修繕や設備改善、ときには改修や増築、住環境の再整備がおこなわれる。公団住宅の償却期間70年は家賃算定上のそれにすぎず、物理的な耐用年数ではなく、また管理のしかたによっても異なる。きちんと対処していれば100年はもつというのが専門家の見解であった。規模や設備は、建て替えるまでもなく改修、改善できることである。なお、規模の狭さ、設備水準の低さは、原価主義のもとで高家賃の抑制、あるいは支払い可能な家賃額設定の必要から来ており、「居住水準の向上」は入居者の家賃支払い能力しだいで、それとは関係なく保証されるものではない。ともあれ、築後30年の、まだ堅固な住宅が突如、中曽根民活と地価バブルの嵐に巻きこまれ、「老朽化」「社会的な陳腐化」のレッテルを貼られて建て替えを言いわたされ、居住者はもとより、公団職員にとっても寝耳に水だったであろう。
公営住宅法は建て替え条項を定めているが、公団法規にその規定はなく、行革審答申は「法制上の整備」をもとめた。公団には用途廃止と建設、壊すことと建てることの規定が別個にあるだけで、「建て替え」の法的根拠はない。したがって従前居住者の地位保全にかんする規定もない。公団住宅の建て替えには借家法上も正当事由はない。公団は急きょ研究委員会(委員長玉田弘毅)をつくり、1986年3月に『既存賃貸住宅の建替えに係る法的問題に関する研究』(100ページ)を発表した。
冒頭に「物理的な老朽化に至らない場合でも建替えを必要とすることがある」「公団の建替事業に明文規定がないからといって法的根拠をもたないということはできない」と弁明したうえで、「居住水準の向上と良質な住宅の大量建設供給」を同時に可能にする建て替えは社会的要請であると説く。法的根拠がなく「社会的要請」だけでは弱く、「国策」をにおわせた。公団は国からは「新規住宅供給の大幅削減」「都心部の賃貸住宅の民間売却」をせまられているもとで、「建て替え」の正当化と居住者にたいする最低限の補償に
ついての「研究」であった。
建て替えが大方針となれば、建物の耐用性、劣化の程度を評価する基準は無用、建物の状況はもはや問わない。大規模修繕や改修などは計画から消える。昭和30年代の団地17万戸については、二重投資を口実に計画修繕は後過し、建物の劣化は加速する01992年には建設省が対象を昭和40年代団地にひろげる「公共賃貸住宅建替10か年戦略」をさだめ、公団住宅全体の劣化、荒廃化はさらに危ぶまれた。
公団の建て替え事業がいう「居住水準の向上」とは、新たな建物の居住性能をさし、従前居住者にそれが保証されるわけではない。建て替えによってバネ上がる家賃が払えず戻り入居できなければ、住みなれた土地を追われ、また「陳腐化した」住宅に引っ越すしかない。「敷地の適正利用」という名目は、「建て替えとは何か」を端的にしめしている。①法定容積率にたいする現況容積の充足率を高める(=居住空間の過密化)、②建物の高層化(=高容積化)、立体化(=住宅以外の用途にも使用)を図る、③高騰した地価に見合った収益の確保(=家賃の高額化)をめざす。
公団にとって「建て替え」事業は、大手ディベロッパーとの連携による既存建物の解体と跡地への高層マンション新設および「余剰地」の整備・売却につきる。このことは借地法・借家法改正案へのパブリックコメントとして公団が法務省に提出した意見書(1985年11月)からも明白である。公団は賃貸借契約の更新拒否または解約申し入れの正当事由に、①既存建物の取り壊しと別個の建物の築造、建物の所有以外の目的への敷地利用、②賃借人への代替住宅の提供と移転費などの支払い、この2項目追加を要請している。現
行法はまだこれを明文上認めてはいないが、裁判実務上は賃貸人の居住の権利を金銭給付で買いとる方向にあることは事実である。
「敷地の適正利用」とは、結局は「高騰した地価に見合った収益の確保」である。ほんらい建て替えの利点は、地価が上昇しても用地の新たな取得を要せず、低コストで新築できることだが、公団にその意図はまったくなく、逆に地価上昇こそ収益を増やすチャンスであった。高騰した地価をもとに敷地を再評価し、新規住宅として家賃を設定し、高層化してつくりだした「余剰地」に分譲住宅を建設、または敷地売却を図った。公団住宅の建て替え方針決定にいたる政財界の大合唱、政策決定のプロセスからすでに明白であるが、
事業の進捗、その後の結末を追えば、「敷地の適正利用」の正体、「建て替え」による低所得居住者の団地追い出しの本質が見えてくる。
『住宅団地 記憶と再生』 東信堂
『住宅団地 記憶と再生』 東信堂
2024-07-14 06:56
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