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山猫軒ものがたり №43 [雑木林の四季]

山の宇宙船 2

          南 千代

 こうして、新しい家は、夏に完成した。名づけて、山猫コレクションスタジオ。コレクション、集積。多くの人々のエネルギーと、時間と空間の集まり。
 七月。ギャラリイを始めて七回目のコンサートは、山猫スタジオでの完成記念コンサートとした。世話になった方の一部ではあるが、約八十人を招待しての開催である。演奏は、ジャズギターの高柳昌行氏。夫がもっとも尊敬し、人生の師とも仰いでいる日本前衛ジャズ界の大黒柱とも評されているギタリストである。
 私が初めて高柳さんの音を聴いたのは、阿部薫とのデュオである「解体的交感」のデモテープだった。その時、世の中にこんなにもスピードと緊張を感じさせる音があるのかと、ことばにもできない驚愕で、呆然としたのを覚えている。阿部薫は若くして亡くなり、高柳さんの音は、たまに渋谷のジアン・ジアンなどで聴くだけであったが、自分の家で演奏してもらうことになるとは、夢にも思わなかった。
 木造りのホールのためか、音響は予想以上にすばらしい。コンサート中、私は外にも出て、聞いてみた。自然の中で、ノイジィーなインプロヴィゼイションジャズは、どう聞こえるのだろうか。家屋の中で音が流れているのではなかった。家自体がまるで、ひとつの楽警なって音を出している。山に抱かれ、家が宇宙船のように浮かび、大音響となって震えている。
 さすがに高柳さんの音である。スピーFもエエネルギーお、自然に員けてなどいない。やはり、そうとうのパワーだ。音はうねりとなり、周囲の山々を雄大に洩っていった。「不思議な音が、山から流れてきて驚いたべ。いつもの魚売りの車の曲じゃねえし。南さんの
とこだったんだってな」
 翌日、二、三キロも離れた所に住む土地の人に言われた。
「お騒がせしました。すみません」
 以来、ギャラリイは古い民家で開催、コンサートは新しいスタジオで行うことになった。コンサートは、ジャズが中心である。
 奏者は、井野さんをはじめ、五十嵐一生、林栄一、豊住芳三郎、小山章太、板橋文夫、など各ジャズメンたち。フランス在住のトランペッター・沖至さんやドイツからはピアニストのアレックス、高瀬アキさんたちもやってきて、多くのミュージシャンが演奏してくれるようになった。堀内美肴さんも感動のシャンソンを聞かせてくれた。
 何しろ夫のカメラスタジオスペースを利用してのコンサートなので、八十人も入ればいっぱいの会場である。入る人数が限られているので、ミュージシャンには、特に奏者が多くなると満足なギャラも渡せない状況になってしまう。
 それでも彼らは、
「いいよ、いいよ。演奏がおわったら、おいしい料理で一杯飲ませてくれれば」
 と、言ってくれる。
 これが、数百人も入る会場であったり、酒などを出すジャズクラブであったりするのなら、ミュージシャンたちにも充分にお礼ができるのだけれど。金銭的な収支でいうなら、もちろん私たちにとっては、いつも赤字覚悟のコンサート開催である。これを収入のための仕事にしていれば、こんなことはできないに違いないが、好きでやっている強みである。それだけに聴く方はもちろん、演奏する側も開催する私たちも、満足できるコンサートでありたいと、いつも願っている。
 案内を作る、数百人の方々に郵送する。椅子を揃えピアノを揃え、駐車場にする土地の地主に了解をとる。家具を移動し、家中の掃除やガラスを磨き、飲み物や料理や器を揃、え、と、コンサートのために行う準備も少なくない。そんな時、心強いのが友だちの手助けだ。
 オブジェ作家のカオルさん、和紙作家の悦美さん、鳩山の竹林さん、旧友のニャン子に半田さん。女友だちは前日の掃除から会場作り、受け付けからキッチンなどまで心強いパ了だ。男性の村崎さんや吉山さん、木工家の川合さんや陶芸家の栄さんは、当日の車の誘導や駐車スペース作りなどを。悦美さんや竹林さんは、ご主人も揃っての強力な助っ人だ。
 演奏が終わると、奏者も交えて親しい人々やスタッフたちで、乾杯となる。時には、この乾杯かギャラりーの打ち上げを兼ねることもある。
 ギャラりィもオープン以米、途切れることなく続き、すっかり定着してきた。絵画、彫刻、人形、木工、陶磁器、藍や草木染め、金属や紙の造形、ガラスに版画、とそのジャンルもさまざまである。山猫軒というギャラリィ名もあり、宮沢賢治の物語をモチーフやテーマにした作家の人々と知り合う機会も多くなった。賢治の画本を出版している版画家の高野玲子さんや小林敏也さん、組木絵の中村道雄さんなどの作品展も行うことができた。
 たくさんの人々が集ま。、一緒に音楽や作品を愉しむ。田や畑の草取りや耕しに精を出す。仕事で机に座ってワープロを打つ。都心の会議室で打合せをする。犬たちやタヌキと山を歩く。親しい仲間たちとパーティーを開く。梅干しを漬ける。夫と二人、薪ストーブのそばで酒を飲 む。洗濯物を太陽に干す。鶏にエサをやる。
 すべて、自分が望んだ時の中で、私は「今」を慈しむ。

  *高柳昌行:一九九一年六月二十九日没。

『やまねこけんものがたり』 春秋社


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