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山猫軒ものがたり №42 [雑木林の四季]

 山の宇宙船 1

            南 千代

 周囲には、家一軒もない地。建前が終わると、電柱を立ててもらう手配、沢水をひくのに地主に了解をとり、水道を引く作業、すべて自分たちでやるので、やはり時間がかかる。電力会社が、電柱を立てる位置の図面を持って来た。見ながら、夫が不満そうだ。
「これだと、家の写真を撮るのに電柱が必ず写ってイヤだなあ」
 夫は最初、周囲の自然景観を保つために地下ケーブルにすることを考えたが、これは個人負担となり、費用がかなりかかる。叶わなかった。せめて電柱を家から離すよう、設計変更を頼みこみ、これは実現した。
 屋内の配線も、むき出しの梁にそわせて昔ながらの碍子(がいし)配線である。碍子は、川合さんが解体屋に頼んでくれて入手。現代ではもう作られていないシーリングローゼットは、大東コンクリートの山田社長が、あちこちに連絡して愛知県・常滑の倉庫に眠っていたものを捜してくれた。山田さんもまた、山猫軒の玉子を介してつきあいが始まった人である。
 夫が配線をやっている間、川合さんや井野さんや私は、断熱材を壁に入れて壁板を打ったり、外壁に塗装をしたりする。断熱材は、中のガラス繊維の粉がチクチタと肌を刺す。タオルで顔をおおって作業した。井野さんが「昔の赤軍派みたいだ」と笑っている。屋根の頂上近くの壁の塗装は、さすがに怖かった。
 材料はすべて木を主体とした自然素材としたが、屋根だけは天然石のスレートを貼る予算がなくて、人工の素材とした。軒先、のぼり部分は、鋼貼り。
鋼は、立川の鋼造形作家のボンちゃん(赤川BONZE)が都合してくれ、木の建具にはガラス作家のトミーが手配してくれたステンドグラス用のガラスを納めた。建具の高さは、日本建築の通常である六尺(百八十センチ〉より高くして、百九十四センチ。これで背の高いドイツ人のホルストが来ても大丈夫だ。
 金属造形作家の塩田さんが作ってくれた大きな薪ストーブからは、太い煙突が屋根の上まで立ち上がり、その上にはボンちゃんが制作した煙突掃除のおじさんまでついている。
 ボンちゃんの人形がつくと、イメージが急に楽しくなるのは、制作している作家のキャラクターである。彼は、滋賀県の青少年村にガリバーの巨大な像を建てたり、都心の葛西臨海公園駅前に世界の海のシンボルモニュメントを置いたり、街のあちこちに夢の星のかけらをふりまいていく、魔法使いのおじさんみたいな人である。
「南さんじゃ、お金は取れないしなあ。いいよ、あげる」
 ボンちゃんも塩田さんも、プレゼントしてくれた。私も、仕事にがんばってはいたが、資金はどうしても足りなかった。どうしようかな。
「南さん、もし借金する時は、保証人になりますからね。言ってください」
 建築も佳境に入っていたある日、そう言ってくれたのは、山口さんだ。そうだ、借金というテがあったのだ。きっそく国民金融公庫に出かけた。しかし、問題があった。借りる名義人である夫は、貸す基準となる前年度の収入が極端に低かった。あたりまえだ、家を作っていたのだから。
 そこで、事情を理解してもらえるよう、私たちの暮らし方を掲載した新聞記事などを持って行き、状況を説明した。担当のNさんが、ていねいに相談に乗ってくれた。話を開いて、家の様子も見に来た。おまけに、そういうことには不慣れを私たちに借金の仕方を教え、最後には、「がんばってください。応援してますから」と言う。
 親戚でさえためらうという借金の保証人を自分から言い出してくれた山口さん、同僚たちにギャラリイの紹介までしてくれたNさん。受けた厚意は、まだまだあった。
 プロ用の厨房設計のアドバイスを受けたレストラン・キャセロールの渡辺さん、カトルセゾンの加藤さん。塗装から現場のゴミかたづけまでしてくれたカメラマンの青木さんや大須賀さん。瑞材を燃して片づける仕事は、消防署勤務の戸口さんが。設計資料や資材を提供してくれた吉沢さん、暖炉用の煉瓦をくれた草地さん、大工手伝いの村上丈二さん……。
 こんなに親切にしてもらってよいのだろうか、と思ってしまうほぐはんとに数え切れないたくさんの力に支えられ、家が生まれようとしている。屋根の棟飾りも、みんなで集まって考えた。夜の山猫集会。
 「空に向かう尖塔形もいいね。でも何かちょっと違うな」
 「思いきってレトロなシャチホコは? 金ピカにしてさ」
 「おかしいよ、それ」
 「鬼瓦の、現代民家風ねえ……」
 棟飾りは、家を象徴する性格のもの。しかし、私たち自身が何やら混沌とした生き方をしているせいで家のシンボルも定まらないのである。カタチは、なかなか決まらなかった。
 「丸って、どうかな。地球のような球」
 みんなのイメージを併せてグチャグチヤにして練り上げたら、できてしまった泥だんごみたいで、なかなかいい。
 「球形の棟飾りなんて、どこにもなくておもしろそうじゃない?」
 カタチが決まった。れい子さんが、さっそく造ってくれた。青空に二個。ぽっかりと浮かんだ黒い玉、あるいは魂。シンプルでモダンなような、古風で象形的なような。何でも吸い込んでしまう、空に浮かんだブラックホールにも見える。地元の人は、「新興宗教の道場みてえだな」
 と、玉を見上げてつぶやいていた。

『山猫軒ものがたり』 春秋社



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