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山猫軒ものがたり №41 [雑木林の四季]

大黒柱

       南 千代

 八王子の半田さんが、ロシアからの来客を連れ、泊りがけで遊びにやってきた。アレクサンドル・B・オルイヨーノフ、通称サーシャ。彼は、モスクワ大学で経済学を教えているとか。
 春の花見以来、二度日の山猫軒訪問だ。サーシャヤは、畑作業を楽しみにしてきたのだが、あいにくの雨。室内で遊ぶことにした。
 まず教えたいのが、かまどでの日本式ごはんの炊き方。はじめチョロチョロ、中バッパなんてロシア語でどういうのだろう。火吹き竹を見て、尺八かと聞いてくる。とにかく、やって見せたらわかってくれた。蒸れるまで、絶対に釜の蓋をとってはいけないと教えたのに、彼は誘惑に負けて釜の中を覗いてしまった。
 囲炉裏瑞で膳を囲んだ後、次に数えたのが花札。花札は、私と夫の好きな唯一の室内ゲームである。私は、このカードの図柄が大好きで、古びた山猫軒の襖間を、いつか花札模様にしたいと思っていた。
 正月は松桐坊主 春は、梅に鶯、桜に幕、初夏になれば菖蒲に雨の襖絵なんていいと思うけどなあ。雨のカス札なんて真っ赤に黒で、すごく斬新なデザインだ。しかし、この裏はギャラリィを始めたことでボツになってしまった。作品とバランスのとれないバックでは都合が悪い。
 サーシャは、花札がすっかり気に入ってしまい、どこで売っているのかと聞くので、プレゼントすることにした。花札をやりながら、結婚式の話題になった。まだ、日本の結婚式を見た二とがないという。花嫁姿なら見せることができるかもしれない。写真館の山口さんに連結すると、すぐ近くの厚生年金センターで、結婚式の花嫁を撮影するという。さっそく、出かけた。
 日本では、通常、結婚式にとても費用がかかることを説明すると驚いている。彼の国では、「新婚宮殿」という施設に行って二人でサインし、夜、レストランで食事をするだけだそうだ。もちろん、地方では村中で祭りのように祝ったりもするそうだが。
 しばらくして、今度は井野さんがドイツからの客、ホルストを連れてやってきた。徒はミュンへンでエンヤレコードというレコード会社を経営している。好物であるマグロのトロを持参して囲炉裏端にやってきた。
 大きな男たちが座り込むと、質素な囲炉裏が火鉢のように縮こまっているようだ。翌朝、私たちの家造りに興味を持ったホルストは、作業場で刻みを入れた材木や、基礎を打った現場を子細に見て回っている。
 家造りは、すでに現場に基礎を打つところまできていた。一帯はゆるやかな斜面である。考えた末に、大変だけど現場の元の地形をなるべく壊さず、斜面にそのまま建てようというプランになっていた。.
 「次に日本に来た時は、建った家が見ることができる。楽しみだ」
 ホルストが言った。.家造りは中盤戦にさしかかっていた。
 現場での基礎工事に入る前に、どうすればよいのか悩んだのが地鎮祭である。神主を頼んで世間一般通りに行ってもらえば簡単なのだが、ではそうしようと、すんなりことを運べない気持ちがどこかにある。
 私たちが住む家を建てることで、虫や植物や動物など私たち以外の多くの生き物は、命や住処を奪われてしまう。ほんとうにすまないと思う。地形を変えずに建てることにしたのも、土地が持つこれまでの状況をなるベく変化させたくないためではあったが、彼らが暮らしを続ける役には、たいして立たないだろう。
 すまないとは思うが、住まいに限らず食べ物にしても、他の命を奪いながら生きる。これが私が自然に対して成し得ることの事実だとも思う。
 それら諸々の命には、神主の神聖なおことばには遠く及ばないにしても、自分できち人と心を伝えておきたい。
 ちょうどその時、ギャラリィでは田中活太郎さんの画展を行っていた。活太郎さんは、牧師だったこともあってヒマラヤの山奥やフィリピンに出かけて絵を描いているが、土をこねて薪のの野焼きで器を造ることもやっていた。そこで、建築現場の土を掘り、その土で人形を焼成してもらった。
 それを割り、大黒柱が建つ予定の場所や、家の四隅に埋めた。酒と塩を盛り、土地に立つ。
 「すみませんが、ここに家を建てさせてください。もともと棲んでいた多くの命には惑いのですが、私も人間に生まれたので仕方がないのです。出ていける虫たちは、早く出ていってください、ごめんなさい。無事に家を建てさせてください」
 地面の上で、手を合わせながら私は願い続けた。
 現場に基礎を打ち、仕口もほぼ刻み終えた。刻みを終えた材木には、一本ずつ防腐や着色のための塗料を塗っていく。塗装は主に、れい子さんと私の作業であった。それも終えると、ようやく建前のめどが立った。
 建前に入る前に、地組といって本屋の上に乗る小屋の部分だけを、地面の上で組んでみる。建前のリハーサルのようなものだ。当日になって、仕口が合わなかったりするようなことがあると、建前がストップしてしまうので、地組で子喜通りできることを確かめる。
 地組には、川合さんや東松山でBASALAという店を開いている蓮沼さんも加勢にやってきた。私は、その日都内の仕事で参加できなかった。できることなら夫と一緒に、すべての工程に携わりたかったが、それぞれの役割があるので仕方がない。
 いよいよ本番の建前だ。家は、技術的にも予算的にも、とにかくまず器を造ることで精一杯なので、まるで四角の箱に三角屋根だけというようなシンプルな設封である。斜面のため、高い所では、地面から屋根の上まで十メートル近くもなってしまう。建前の日は、夫たち素人だけではなく、この日ばかりはトビ職などプロの手も借りなければならない。
 三月二十五日、その日がやってきた。夫はいつもより念入りに作業ズボンの上に脚絆を巻き、私は朝早くから、おにぎりをむすんだりお茶の用意である。現場には水道も電気もまだ引かれていない。一足先に家を出た夫と為朝を追い、たくさんの仕出しをバィクに積んでガルシィアと一緒に現場に向かう。華ちゃんは、九回日の妊娠で留守番である。トビの頭が、建前に入る前に清めをするという。知らなかったので、あわてて酒と塩を取りに家に戻る。建前が始まった。
 この工法は、おおまかにいうと、まず大黒柱を立て、それを中心に他の主要構造部材を組み立てていく。すべての部材が組み含わせ構造であるため、材の継手、組子の仕組みを頭に入れた上での作業手順となり、はたで見ていると、難易度百%知恵の輪パズルのようだ。
 トビの頭である酒本さんか、言った。
 「この建て方は、オレでも、昔一度ぐらいしか見たことがねえな」
 高橋さんも夫も緊張している。家造りの顧問として何かと相談に乗ってくれている吉田さんも今日は助っ人だ。川合さん、れい子さんをはじめ、写真館の山口さん、夫のカメラマン仲間の青木さんも手伝いに来てくれた。作業記録のビデオ係は、皮工芸家の佐藤さん。
 クレーンで吊り上げた、高さ七メートルの大黒柱がドーンと立った。大黒柱はヒノキ。夫が、大黒柱を見上げながら、うれしそうだ。
 私をはじめ、見学組も多い。都内から山猫軒の前の別荘にやってくる、渡辺さん夫妻も差し入れを持ってきてくれた。渡辺さんには、昔、宮大工をしていた親戚が遺したという大工道具まで頂いており、夫はそれを刻みに使っていた。
 建前は、延べ二日に亘って行われた。私は、高い所で作業をする夫をはらはらしながら見続けた。怖くないの? と聞いた私に、夫は言った。
 「最初は怖かったけど、そんなこと言ってられないよ。それにだんだん慣れてくるんだ」
 誰一人ケガをすることもなく、無事、棟上げが終わった夜、山猫軒でみんなで侃盃を上げながら私たちはほんとにひと息ついたー
 プランが持ち上がり、木を伐り始めてから一年半が経っていた。しかし、これで終わったわけではない。棟上げ後は、床や壁、屋根を張る。内部を造る、塗装をする、などの作業が始まる。建築両軍約四十坪の家を仕上げるには、まだまだ、時間がかかりそうだ。

『山猫軒ものがたり』 春秋社



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