山猫軒ものがたり №40 [雑木林の四季]
タヌキの赤ちゃん 2
南 千代
体調が二十センチほどになった頃、真つ黒だった毛の頭の部分だけに、茶褐色のタヌキ色の毛がやっと生え出してきた。顔も鼻がとがってきて、少しだけタヌキらしくなってきた。成長すると、臭くなるのではないだろうか。なぜか私には、タヌキは臭いというイメージがあった。
南 千代
体調が二十センチほどになった頃、真つ黒だった毛の頭の部分だけに、茶褐色のタヌキ色の毛がやっと生え出してきた。顔も鼻がとがってきて、少しだけタヌキらしくなってきた。成長すると、臭くなるのではないだろうか。なぜか私には、タヌキは臭いというイメージがあった。
「フロに入れてやれば、匂わねえよ」
と、吉山さんが言う。よし、小さい頃から習慣づけてしまえば、風呂が好きになるだろう。私は、タヌちゃんを洗面器のぬるま湯に、毎晩入れることにした。気持ちがいいのか、お湯につけるとボーッと眠そうな顔をしてじっと目を閉じる。すっかり風呂が気に入った様子だ。
しかし、実のところ、ヤギがヤギの匂いであるのと同じ程度に、タヌキはタヌキの匂いがするものの、そう臭くはなかった。
狭い小屋の中で排せつの場も一緒にして飼えば、これはタヌキに限らず、人間だって臭いに決まっている。匂うのは、タヌキでなくその排せつ物である。
タヌちゃんは、習性なのか、ウンチをする場所はいつも一カ所に決まっていた。最初は、リビングルームに置いた電話台代わりの椅子の下。これはやはり困るので、そのたびにウンチを家の外の決めた場所に置き、ここよ、と教える。きちんと柚の木の根元でするようになった。
野生の動物なので人には慣れないだろうと思っていたが、時が経つにつれ、タヌキは、呼ぶとキイーッと鳴きながら走ってきて、抱いてやると喜ぶほどに慣れていた。暑い季節になると、風呂は、水浴びになっていた。タヌキは、ものを食べるときに、クチャクチャと口に音を立てる。たまに人間にもこのような人がいる。タヌキの場合は仕方ないと思えるが、これが人だと、下品な食べ方だなあと、思ってしまう。
タヌちゃんがある日、フッと姿を消した。山に帰ったのならいいけれど。まだ子どもなので少し心配だ。土問の火消し壺や釜にも念のために声をかけてみる。化ける練習をしていて、タヌキに戻れなくなってしまったのではないだろうか。
二、三日が経った。ふと気づくとタヌちゃんが土間にちょこんと座っていた。やはり何かに化けていたらしい。
この頃になると、歯が鋭くとがってきた。犬の子もそうであるが、モノを喫むのがおもしろいのか椅子の足など盛んにいろんなものをかじる。椅子の足ならよいのだが、人の足や抱いた手にも、時おりじゃれて歯を立てるようになってきた。甘咬みであっても、歯が鋭いとブスりと刺さる。
親兄弟と一緒に育っていれば、多分、じゃれる時とそうでない時の咬み方が身につくのだろうが、タヌちゃんにはそれができない。こちらが扱いに慣れていれば、歯を立てられないようにできるけれど、扱う呼吸がつかめない夫などは、たびたび歯を立てられていた。
ガルシィアがヒーヒー泣いて、土間に突っ立ったまま、こちらの座敷に向かって何か言っている。どうしたの、とそばに行ってみると、タヌちゃんがコアラのようにガルシィアの太い足にしがみついて歯を立てている。タヌちゃんも別に悪気があって咬みついているわけではないので、ガルシアも怒るわけにはいかなかったようである。
座敷に上がり込んで走り回り始めたこともあり、また、週末はギャラリィの客が大勢来ることもあってタヌちゃんは、つないでおくことにした。散歩は、犬たちと一緒である。
夫は、材木が集まると作業場に通い、今度は刻みを始めた。木を組み合わせて家を支える構造のため、木の一本一本に、組み合わせるための刻み(仕口)を入れなければならない。仕口には、継ぎや組みの目的と用途に応じて、二十六種類の刻みのカタチがある。カタチは、素人にはまるで、知能テスト用材木版キュービックのように複雑。
「今日は少し慣れて、金指継ぎがやっと五つぐらいできるようになったよ」
夫は、毎日喜んで帰ってくるが、約一千個は要りそうな仕口すべての数を思うと、気が遠くなる思いがする。私も手伝える日は、作業場に通った。仕事やギャラリーや農作業を通して知り合った友人など仲間たちも、みな時間ができると加勢にやってきた。
画家の田中さんは絵筆を持つ手にのみを握り、ベースの井野さんも弓代わりにのこぎりを挽き、木工家の川合さん、笠原れい子さんも。それぞれの時間と関わり方で、仕口は少しずつ刻まれていった。
現代においては、時は金。またたく問に出来あがる家もあるけれど、こんな家づくりも時にはあつてもよいのかもしれない。
田植えの合間に家通り、その合間に仕事をし、ヤギを飼いつつギヤラりィをやり、その合間に畑を耕し、タヌちゃ人をだっこしてジャズライブ行い。夜は夜で、さばいた鶏を肴に「みんなで盃を重ねる、という、もう何がなんだかわからない、合間だらけの混沌とした暮らしになっていった。すべてが遊びのようでもあり、仕事のようでもある。
そこへまた、三羽のカラスがやってきた。時次郎さんが、巣から落ちた仔ガラスを持ち込んできたのだ。同じ色の仲間に、黒猫のウラがこタッと笑ったような、笑わなかったような。ウラは、時々チシャ拓のように笑うのだ。カラスはまだ、庭をよたよた歩いている。
こうなると、名前をつけるのもお手軽になってしまい、アーちゃん、イーちゃんにした。次に動物がきたら、ウーちゃん、エーちゃんだ。
カラスの嘴というのは、仔ガラスでも大きくてちょっと怖い。ドッグフードを柔らかくふやかして箸で口元に持っていくと、ぴっくりするほど大きな口を開けた。黒い羽が、七つの虹色に光り、うらやましいほどきれいだ。
「よしよし、育ててやるがらね。大きくなったら、忘れずにやってきてカラスの恩返しをするんだよ」
私は、エサをやりながら、言い聞かせた。
『山猫軒ものがたり』 春秋社
『山猫軒ものがたり』 春秋社
2024-05-30 10:43
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