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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №129 [文芸美術の森]

            明治開化の浮世絵師 小林清親
              美術ジャーナリスト 斎藤陽一  
                  第12回 
           ≪「東京名所図」シリーズから:雨と雪の情景≫

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 小林清親は「東京名所図」シリーズにおいて、季節ごとの気象の変化をとらえることにも意を用いていますが、とりわけ情趣深いのが「雨の日」と「雪の日」の光景を描いた作品です。
 今回は、これまでの回で紹介していない、清親の「雨の光景」を描いた作品をいくつか紹介します。

≪雨の日の情趣≫

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 先ずこの絵:清親が明治13年(33歳)に制作した「不忍池畔雨中図」

 まだ雨が残っているのでしょう。今しも、不忍池のほとりを母親と子どもがどこかへ向かっている。母は洋傘をさし、着物の裾をからげて急ぎ足。男の子は筵(むしろ)をかぶって、母を追う。

 雲間からは薄日がさしているようで、間もなく雨も止む気配が・・・
 柳の葉は垂れ下がっており、風は無い。
 池には、蓮の花が開いている。季節は夏、それも朝か。

130-3.jpg 雨に濡れた地面はぬかるんでいる。男の子は裸足で母親のあとを追うが、その足は泥にまみれている。昔の道は、雨が降れば、このような泥道になったのだ。
 水たまりには、母子の姿がかすかに映り、雨上がりの泥道の感じがよく描写されています。
 池には薄紅色の睡蓮が咲き、弁天堂の赤い影が水面にゆらめいている。
 泥道や水面は、いくつもの色版を重ねるという摺り方をしており、水彩画のような味わいが生まれている。このような描き方によって、清親は、水蒸気をたっぷりと含んだ雨の日の「空気感」とぬかるんだ泥道の様子を巧みに表現しています。

130-4 のコピー.jpg さらに注目すべきは「雲」の表現です。
 よく見ると、細かい格子状の線が見られる。これは、西洋の銅版画に用いられる「ハッチング」という線彫りの技法で、それを「木版画」に取り入れているのです。
 これによって、雲の複雑な陰影感が生まれている。
 この作品は、清親がいわゆる「光線画」を初めて発表してから4年ほど経った頃のものですが、絵師・彫師・摺師三者の呼吸が合ってきて、技術も向上したことを示しています。

 次は、「夜の雨」の光景。小林清親が明治13年(33歳)に制作した「九段坂五月夜」

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 描かれているのは、現在・千代田区の「九段坂」に降る夜の五月雨(さみだれ)。
 明治2年、ここに靖国神社ができてから、九段坂界隈は賑わいを増している。明治4年には「常夜燈」(じょうやとう)も建てられ、その常夜燈が照らす薄明かりの中で、結構たくさんの人影が黙々と動いている。

 ふつう、浮世絵で雨の景色を描くときには、無数の細い線を重ねて降り注ぐ雨を表わすが、この絵では、そのような黒い線は見られない。
130-6 のコピー.jpg それでも、いくつかの描写によって、これが「雨の日」だということが分かる。

たとえば、傘をさして道行く人や雨除けの幌がつけられた人力車、提灯の光がきらめく足元の水たまりなど・・・。
 人力車の車夫の足元では泥水が跳ね返っている。

 道行く人は皆、うつむいて押し黙ったようなシルエットで描かれ、雨の日特有のうっとうしい感じが伝わってくる。
 全体に暗い調子の絵だが、清親は、濃淡の墨の色をいくつも塗り重ね、微妙なぼかしを用いながら、しとしとと降り続く五月雨の夜の情感を見事に表現しています。

 次回は、小林清親が「東京名所図」シリーズで描いた「雪の日」の風景を紹介します。
(次号に続く)


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