浅草風土記 №27 [文芸美術の森]
浅草田原町 2
作家 久保田万太郎
百花園
作家 久保田万太郎
百花園
夏、日ひざかりだ。しばしばわたくしは百花園(ひゃっかえん)を訪問する。そして、蓮の葉の一ぱいに、岸寄りも高く犇(ひし)めきつつもり上ったあの池の前に立つ。
このときほど、わたくしに、「もののあわれ」の感じられることはない。
三囲神社
禁制、として、
蝉とんぼヲ捕ルコト
魚島ヲ捕ルコト
囲打(かこいうち)へ入り垣等ニ乗ルコト
囲内デ悪戯ヲスルコト
と、一つ書にしたあと、
右/条ヲ犯スト警察ヘツレテ行カレ処罰サレマス
こうした禁札が三囲神社(みめぐりじんじゃ)境内の池の中に立っている。……警察へツレテ行カれ処罰サレマス。……だれによってしかし、警察へ連れて行かれるのだろう?……
その池の中に、一トところ、おもい出したように蘆の茂っていることが、わたくしに、
田圃にとり巻かれていたむかしのけしきをおもい出させた。
ふりみふらずみの雨の中。そういっても人けのないそのあたり、遠く、冷ややかに蝉がないていた……
サッポロビール
まえにすすかけの乾いた並木をもったサポロビールの巨大な灰色の建物。……その哀しこも退屈な近代的風景によって世界的存在の「隅田公園」はその展開をもつのである。……といってもほんとうにしない人があれば、吾妻橋をわたり、ただちに左折してそこに立てられた標石をまず見ることである。
隅田公園入口
はっきりとその標石に書いてある。……
(昭和十年)
『浅草風土記』 中公文庫
『浅草風土記』 中公文庫
2024-05-30 10:54
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