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山猫軒ものがたり №39 [雑木林の四季]

タヌキの赤ちゃん

             南 千代
 
「いいモン持ってきたよ。これ、何だか当ててみな」
 吉山さんがやってきた。手にダンボール箱を持っている。不安な予感。私はおそるおそる、箱を開いてみた。中には、十センチほどの小さな黒い塊が。動物だ。
「何ですが、これlU クマの仔、じゃないよね」
「タヌキの仔だ」
 山で木を倒し、根返しをしたら根元が巣になっていたらしく、タヌキが飛び出したと言う。
「そいてもってよく見たらよ、仔がいたんだ」
「親は連れて逃げなかったの?」
「いや、一匹はくわえて行ったみたいだな。しばらくあたりをウロウロしてこっち見てたけど、あきらめて、どっか行っちまった」
 そのまま、そっとおいておけば親が連れに来たかもしれないのに。地元の人は、そういう動物を見つけると、そっとしておくということを、あまりしない。
 吉山さんではなかったが、野ウサギの仔を、草刈りしてて見つけたから飼え、と言って持っ来られたこともあった。それも親切に、立派なウサギ小屋まで造って一緒に持って来られると、断るのはなかなか難しい。いったんもらっておいて、二、三日したら山に放した。持ってきてくれた人には悪いけれど、逃げてしまったとウソをついた。
 野生のウサギは、ペット用に改良されたウサギとは違って、人間が見ている昼間は絶対に草を食べない。見ているからではなく、夜行性をのかもしれない。いずれにしても、野生の動物は自然の中にいるのが一番良い、と私は思う。
 それにウサギは山猫軒でも飼っていたが、死んだのをきっかけに、ウサギは飼わないことにしていた。犬や描みたいに人とコミユニケーションが図れなかった。かといって毛皮を出荷することもなく 食用でもないので、家畜ではない。
 ウサギはケージの中でエサを食べ続けるだけ、人間はエサをやり続けるだけ、の関係は、飼い続けていると辛いものがある。飼う方も、飼われる方も、そこに何らかの相互関係がないと、ただウサギを閉じ込めているだけ、という不毛な気がして罪悪感がある。
 ダンボール精の中のタヌキは、目が開いたばかりらしく、開いてはいるもののまだ見えてはいないようだ。片手のひらに、すっぽりおさまるほど小さい。
「どうだ、かわいいだろ。飼ってみな」
「そりゃかわいいけどねえ。どうやって飼うのよ」
「ヤギの乳かなんか飲ませれば、育たねえかな」
 いくら野生動物は自然の中にいた方が、と言ってもこのまま放り出せば死んでしまうのは目に見えている。飼つて、大きくなったら山に帰そう。でも、うまく、育てることができるだろうか。
 箱に入れたまま、半日ほど様子をみていたが、ふと気づいた。ウンチもオシッコもしない。腹をさすっても出ないタヌキの仔はどうやって排せつするのだろうか。えーと、赤ちゃん、赤ちゃん……。犬の華が赤ちゃんを育てている時は……。そうだ、なめてやっている。刺激を与えてみよう。
 ティッシュを湿らせ、おしリを刺激してみた。出た。ウンチもオシッコも、まだ自分ではできないんた。あーあ。大変な仔を引き受けてしまったなあ。
 次はミルク。スポイトでヤギの乳を口元に与えてみる。何度試しても飲もうとしない。
哺乳瓶がいいのだろうか。きっそく買ってきたが、人間用で乳首が大きいのかこれもダメ。棒物用の噛乳瓶があるだろうか。きっとあるに違いない。でも、この町にはぺットショップなどない。夫が車を走らせ、犬猫用の哺乳瓶を捜し求めてきてくれた。
 飲んだ、成功。やれやれ。しかし、問題はまだあった。ミルクもオシッコもマメに面倒を見なければならない。私も夫もでかけて不在の時がある。誰がクヌちゃんの世話を、どうやってするか。
 私は思いがけず話か大きくなってしまった家造りの建築資金を作るために、コピーの仕事を積極的に受けつつあり、都心に出かける頻度が高くなってきていた。
 夫は実際に家を造る仕事にかかりきりである。結局、二人とも不在のときは夫にミルクを持たせ、車にタヌキを乗せて出てもらうことにした。早く大きくなって、木の葉を一万円札に変えてくれるといいのだけれど。
 一週間はどすると、タヌちゃんはゴソゴソと這い出した。何しろ、ネズミぐらいの大きさしかない。土問で育てているが、ちょっと目をはなすと油断ができない。姿が見えないので捜していると、薪ストーブのそばで眠りこんでしまったのが、勲すぎてグッタりとなり、ひっくりかえってしまっていたこともあった。
 そのうちタヌちゃんは、同じく土間に一緒にいるガルシィアの、長い毛にもぐりこんで眠るようになった。時おり、寝返りを打ったガルシィアの大きな体の下敷きになってしまい、キィーッと叫び声を上げている。

『山猫軒ものがたり』 春秋社


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