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夕焼け小焼け №12 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

 走れホンダのアコード 

          鈴木茂夫

 私は1931年生まれの92歳。60数年間、自動車を愛用していた。数年前に車を孫娘に譲り、電動アシスト自転車に乗り換えた今も自動運転技術の進歩には関心がある。
 私は自動運転草創期にあったホンダのアコードとのつきあいを忘れられない。
これは約20年前の単なる自動車好きの懐古だ。

 わが愛車はアコードセダン2005年式24-TL。最高出力200PS、最大トルク23.7k、10モード燃費12.0kml。そして何よりの特色はHIDSを搭載していることにある。
 HIDS (Honda Inteligent Driver Support System)を、ホンダは「ホンダ運転負荷軽減システム」と言う。まことにしかつめらしく、取っつきにくい名称ではある。それを単純に言えば、「定速走行」と「車線維持」の二つの機能で構成されている。そしてこの機能は、主に高速道路の走行時に真価を発揮するのだ。

 私の住居は都心から約36キロ、東京・立川市にある。
5月の連休明け。家内と2人、一泊旅行にと磐梯高原をめざした。
 東京都・立川市の自宅から一般道を20キロ走り、所沢インターからETCゲートを抜け、関越自動車道上りの走行車線に入る。
 そこでハンドル右手のHIDS スイッチをオン。
 メーター内に「HIDS作動」を示す緑色の表示灯が点灯。
 軽くアクセルを踏み込む。
 制限速度の時速80キロに達したところで、SET/DECELスイッチをオン。
 アクセル・ペダルから右足を離す。
 メーター内に設定速度80キロと設定車間距離(長・中・短)の白い横線が表示。
 車間距離を「長」に設定してあったから3本の白い横線が表示されている。
 横線を挟んで「車線維持」機能の作動開始を知らせる2本の白い縦線が表示される。
 ちょうど、漢字の「日」のような形になる。
 その上に、白い車のマークも表示されている。先行車がいるのだ。
 ハンドルに軽く握っていると、車は車線の中央に位置しながら走る。
  HIDSの機能開始。
 先行車の速度が遅くなった。こちらもシステムが瞬時に対応して速度を落とし、設定した車間距離を保っている。
 道路の流れが良くなった。先行車の速度が上がる。こちらも設定車間距離を保ちながら、それに対応して設定速度まで速度が上がった。
 この間、運転者である私自身は、ハンドルを軽く握っているだけだ。他には何の操作も行っていない。システムの機能を信頼して、車の走行と道路状況を把握しているだけでいいのだ。

 関越道を走って9キロ弱、大泉から外環道に移る。急ぐ旅ではない。走行車線を選ぶ。この道路はいつでも交通量が多い。このため、速度は設定速度より遅くなりがちだが、それなりに流れて約17キロ、川口から東北道へ入った。
 郡山JCTまで約220キロの長丁場の始まりだ。
 浦和の料金所を過ぎると制限速度は100キロとなる。RES/ACCELスイッチを一度押すと5キロずつ加速する、このスイッチを数回押して設定速度を100キロとする。
 車は車線を維持して設定速度の100キロで走る。道路がカーブしていれば、ハンドルが軽く動いて確実に車線を維持する。そのハンドルの動きが、手のひらに感じ取れる。
 運転者の私が車線を維持しているのではない。システムが維持しているからだ。

 川口から30分、佐野SAで一息入れる。燃費は12kml。
 この日は快晴、道路は新緑の山に見守られながら延びている。タコメーターは2100rpm~2200rpmを表示している。家内と2人きりの移動し続ける空間そして時間。とりとめもなく話したり、景色に見とれたり。

 HIDSは、ただそれだけのシステムだ。ただそれだけを確実に行ってくれる。
 特別な走り方をするわけではない。高速道路を走る多くの車に混じって通常の走り方をしているだけだ。助手席に座っている人も、あらかじめこのシステムのことを話しておかなければ、ときどき発生するブザー音以外には、システムが作動していることに気づかないだろう。
 HIDSは自動運転システムの一種なのだろうか。それはまったくそうではない。厳密に自動運転の車を定義するなら、人が行く先を入力してキャビンに座れば、後は車が安全に道路を走って目的に到着するものをさすことになるだろう。
 HIDSは、運転席に座って主体的に車を操作する人をサポートするシステムだ。
 HIDSをセットすると、運転者である私は、先行車との車間距、車線の維持から解放される。
  HIDSは、高速道路走行時に求められる配慮の相当部分を軽減してくれる。別の言葉で言えば、緊張を和らげてくれるのだ。この緊張の緩和によって、他の車線の車や後続車の動向、さらに前方の道路状況を落ち着いて観察できる。運転技量の確かな助手の運転を監督している気分と言っても良い。単なる想像なのだが、航空機の主操縦士と副操縦士の関係に似通っているのかなと思ったりもする。そのおかげで、疲労感が少なくなる。
 親しい友人の一人は、私がHIDS搭載のアコードを買うと言ったとき、
 「そんなシステムを使うと、車を運転する楽しみがなくなるよ」
 と笑った。
 私は、敢えてそれに反論しなかった。確かに、車を運転するときの機械を操作しているという楽しさは格別だからだ。
 とはいえ、HIDSを伴侶とすることで、私は在来の運転環境とは異なる異次元の感覚を楽しんでいる。
 高速道は、緊張を体感する場ではなく、安定を実感する空間と変化したのだ。
 それから2年。車での旅も回を重ねた。

 カーナビゲーターの表示していたとおりの1時間で那須高原SAに立ち寄る。車の外に出て、両手を上に伸ばし背伸びする。腰を大きく回す。気分は爽快だ。疲労感はさしてない。さあもう一走りだ。
 
 自動車での旅とは何だろう。日帰りであれ宿泊旅行であれ、片道100キロから400キロ内外というのが多いのではないだろうか。この場合、一般道路のみを走ることはまれで、通常は、高速道を走ることとなる。

 わが家から、行楽地までの行程を計算してみた。そのいくつかを挙げてみよう。
 最寄りの山中湖までは、距離約90キロ、そのうちの高速区間約77キロ、距離における高速区間の割合(高速割合)は約88パーセント。
 箱根までの距離約104キロ、高速割合約71パーセント。
 軽井沢まで距離約140キロ、高速割合約70パーセント。
 草津まで距離約165キロ、高速割合約95パーセント。
 鬼怒川までの距離約185キロ、高速割合約80パーセント。
 赤倉までの距離約260キロ、高速割合約93パーセント。
 猪苗代湖まで距離約290キロ、高速割合約90パーセント。
 高速道路網が整備されてきている現在、多少の数値は変動するにしても、多くの人にとって、似たような事情になるだろう。

 そこではっきりしてくることは、自動車の旅の大部分は、高速道路の走行に費やされることになることだ。
 では、運転者にとって高速道路の走行は、楽しいものなのだろか。高速道路は、信号や交差点によって停車しなければならない障害がないから、渋滞しない限り、走り続けられる。しかし、あの無機質で単調な道路は、楽しめるようなものだろうか。私にとって、楽しい走りの思い出は、高速道を下りてからの山道であったり、ひなびた里の道につながっていた。
 しかし、HIDSは在来の、現在も大半の車がそうであるのとは、まるで異なる異次元の運転感覚を創り出してくれた。そのおかげで、高速道も信頼して走れる安心な道となったからだ。

 磐梯高原ICまで小1時間。それから約30分、緩やかな山道を上った。
 五色沼は、晩春から初夏へと移り変わっている。この時季特有の柔らかいかすむようなミズナラやブナの新緑の芽吹き。ウグイスやカッコウの鳴き声。林間の小径をたどり、私たちは山の精気を味わった。

 往復約600キロを走って、燃料消費は14.6kmlを記録した。(搭載燃料消費計による)
HIDS使用で時速100キロ走行の場合、定速走行の効果が現れているのだろう。300キロを超えるHIDSの使用走行の際、悪くても13kmlにはなる。カタログに記載されている10モードの燃費12.0kmlを超えるのだ。

 HIDS で私の車の旅の態様は変化した。
 団塊の世代、熟年世代の人たちにはお勧めである。
 ただ、難点がないわけではない。
 車はホンダ製品、しかも車種は限られてくる。レジェンド、インスパイア・アコードだけだ。システムが工場での装着となるから、注文時に指定しなければならない。後付は不能なのだ。 それになんといっても高価である。
 でも、やはり勧めたいのだ。カーナビゲーション、ETC、車の新製品が登場したとき、性能・効果よりも、価格の高さが問題になった。しかし、価格よりも、もたらされる利便の大きさが認められて普及した。
 HIDS は、疑いもなく明日の自動車運転の幕開けに位置している。であるにもかかわらず、そのことはあまり知られていない。
 このHIDS について、自動車評論家の論評を雑誌・インターネットで見かけたことはまずない。これは私には実に興味あることだった。あれほど自動車について、さまざまな批評を展開するのに、なぜ、HIDS を批評しない、あるいは批評していないのだろうか。
 評論家は、外装、エンジン、ブレーキ、回転性能、乗り心地などにつき、自らの見識を発揮して書きまくり、語ったりもしている。だのになぜ、このシステムには触れないのか。
 私はHIDSで長旅をしてみて、その理由が分かったように思う。このシステムは安定している。システムをセットすると、車は安定して設定車速と車線を維持して走る。それだけだ。それ以上でも、それ以下でもない。だから、システムの基本や効能について論評しづらいのだ。

 熟年世代のあなた、ぜひ、HIDS搭載車に試乗してみませんか。きっと、あなたは、違和感に近い驚きを体感するはずです。
 それはあなたが、従来の自動車によくなじんでいるからの戸惑いです。私もそうでした。
 定速走行を設定すると、右足をどうすればよいのかと迷いました。
 車線維持が機能しはじめると、思わずハンドルを握る手が汗ばんできました。
 そして、何度かこうした体感を味わった後に、システムとなじみます。
 あなたがシステムを制御しはじめるのです。
 その時、きっとあなたは、高速道の走りを満喫していることでしょう。                                                              
 今や昔のアコードでさまざまな度を楽しみました。アコードは自動運転の先駆けでした。
 これは一人の老人の回顧録からの報告です。


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