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妖精の系譜 №48 [文芸美術の森]

ラスキンの『黄金の河の王さま』、ロセッティの『ゴブリン・マーケット』ほか 2

        妖精美術館館長  井村君江

 クリスティナはまた、アイルランドの妖精詩人と称されるウィリアム・アリンガムと親しい交わりがあり、アイルランドの妖精学者で『妖精神話集』を著したトマス・キートリーを知り、その著書を愛読していた。こうした背景が、妖精の代表的な存在ともいえるゴブリンたちを詩材にとりあげる必然を生んだろうと推定されるのである。
 普通ゴブリンは、ホブゴブリンとかボギーと似た種類で、家つき妖精の一種であり、壁のうしろなどの暗いところに住んでいる。しかし、ここに登場するゴブリンたちは、暗いあやしい雰囲気を持った誘惑者の存在であり、「猫のような、ねずみのような」、「ふくろ熊」、「蜜食いあな熊」と書かれており、「かささぎのようにぴちゃぴちゃしゃべり、ハトのようにホウホウいい、魚のようにスーとすべっていく」というように、描写には韻律が巧みに用いられ詩の効果をあげている。ゴブリンたちはさまざまな動物をかけあわせたような、不気味な姿と行動をする影のような存在になっている。そして人間の心の奥底にある愛と衝動を甘美な誘惑によって突き動かし、破滅に向かわせるリビドー(性衝動)的存在となっている。一般に妖精市場は、丘の彼方に出現し、旅人がそこへ行ってみると、人々のひしめきあいは感じられても、何も見えないという現象であるが、このゴブリン・マーケットは谷間に位置しローラたちはそこへ行くことができるし、また果物だけが売られている点に特徴がある。
 アイルランドの詩人で、『妖精』、『レプラホーン - 妖精の靴屋』など民間伝承の典型的な妖精の容姿と性質を詩に歌ったウィリアム・アリンガムの物語詩『妖精の国で』 (一八六九)の本に、リチャード・ドイルは挿絵をつけた。その可愛らしくコミカルな妖精たちの王国の挿絵は、妖精画の傑作の一つであるが、民族学者のアンドリュー・ラングはこの挿絵を見ているうちに、一つの物語を作ってしまった。それが『誰でもない王女さま』である。舞台はフェアリーランドとマッシュルーム・ランドで、それはバレー・マジカル(魔法の谷)にある。小さなドワーフの王さまがよそへ行っている間に赤ん坊が生まれ、おつきの者たちが、王さまが帰っていらっしゃってから名前をつければいいから、それまで「ニエンテ」(ノーボディ、すなわち「誰でもない」の意)と呼ぶことにしようと決めて、「プリンセス・ニエンテ」と名前がつけられる。それを知らない王さまが、旅先で子供がほしい子供がほしいと言っていると、一人の「小さくて醜いドワーフ」がやってきて、「王さま、そんなに子供が欲しいなら授かるようにしてあげましょう。その代わり、ニエンテをくださいね」と言う。王さまは、ニエンテと言われてもわからず、その魅力的な申し出に嬉しくなり、考えなしに約束してしまう。国に帰り生まれていた自分のかわいい王女が、ニエンテという名前であることを知り、王さまは非常に悩む。しかしマッシュルーム・ランドのプリンス・コミカルがニエンテを救い、結局は結婚してめでたしとなる物語で、「その後二人は幸福に暮らしましたとさ」と結ばれている。
 『黄金の河の王さま』の場合はゲルマン系のダーク・ドワーフで、長いひげのやや醜い小人であったが、『誰でもない王女さま』のドワーフたちは明るくかわいらしく、無邪気にキノコにまたがったり、水蓮の花に隠れたり、ヒユツシャの花にさがって遊ぶライト・エルフである。草原でかたつむりとたわむれ、バッタと戦い、蝶に乗って飛び、小鳥に歌を教えたり、昆虫や小動物たちと共に暮らす小さな妖精たちである。どんぐりの殻に隠れ、こうもりの羽根から洋服を作り、豆の花やクモ の巣、からし種や蛾の君と呼ばれる『夏の夜の夢』の妖精たちと近いが、このオベロン妖精王国がプリンセス・二エンテの物語の背景にあるということは、パックの登場でわかってくる。
 かわいい自分の赤ん坊の王女ニエンデを、それと知らずにあげることを約束した王さまの悩みを解決するのがパックであるが、このパックが自分は「オベロンとティタニアと同じ国からきた」と言っている。妖精王と女王の王国を描くとなると、作家や画家の頭の中には『夏の夜の夢』の世界が必ず浮かんでくることが、このことからもうかがえるようである。しかしながら、絵画の世界から想像力を刺激され、物語を作っていったアンドリュー・ラングの筆致は非常に詩的である。
 ルドヤード・キプリング(Rudyard Kipling一八六五-一九三六)の『プークが丘のパック』(一九〇六)も『夏の夜の夢』が物語の発端になっている。サセックスのロング・スリップという草原に妖精の輪がある。これを舞台にみたてて、ダンとユーナの兄妹が『夏の夜の夢』の芝居の稽古をしている。そこへパックが突然現われる。小さな男の子の姿をし、茶褐色の皮膚で、とんがり耳、しし鼻で、やぶにらみの目、そばかすの顔、いかつい肩をし、うす気味悪い笑いを浮かべており、『夏の夜の夢』のパックがもつホブゴブリンの不気味な面が強調されているようである。このパックの語るところによれば、ヘンリー八世の時代に、宗教革命で、イギリスは混乱に陥った。妖精たちは群れをなし、ロムニーの沼地に押し寄せ、ウイットギフト夫人に、この国にはもうフェアリーは住めないから、船を仕立ててフランスへ逃がしてくれと、カエルのような声で口々に頼んだ。妖精たちはみな旅立っゼしまうが、一人だけ残ったパックはお礼にウイットギフト夫人の子孫には、一代のうち必ず一人は、厚い壁の向こうを見透せる力を与えると約束した。だからウイットギフト夫人の子係である兄妹にはパックが見えたわけである。
 パックは古い昔へ、次々と二人を案内していく。神の刀鍛冶ウイーランドが人間の刀鍛冶となり、不思議な名刀をサクソン人ヒユーのためにきたえる。次にウイリアム征服王の部下であるノルマンの騎士が甲冑で現われ、戦いが展開された。、ローマの百人隊長が姿を現わし身の上話をした。、北国の長城を守るために戦ったり、最後にはジョン王時代のユダヤ人カドミエルが「マグナ・カルタ」の秘話を語った。、イギリス史の有名な出来事の中に二人の兄妹は巻き込まれ、タイムトンネルをくぐつたかのように過去の世界を訪れ種々の冒険をする話である。兄妹が現実の世界から急に時間をこえた昔の世界へ入っていくのは、妖精の輪の中へ入ったからであるが、C・S・ルイスの『ナルこア国』が、子供たちが入っていく洋服箪笥の中に広がっているというように、現実と紙壷のところに非現実が存在し、容易にその次元の壁を越えられるという点が類似している。

『妖精の系譜』 新書館



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