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妖精の系譜 №47 [文芸美術の森]

ラスキンの『黄金の河の王さま』、ロセッティの『ゴブリン・マーケット』ほか 1

        妖精美術館館長  井村君江

 こうした思潮の中で、作家たちが民族のすぐれた遺産としての伝承物語フェアリー・テイルを、子供たちのために残そうという意図を持って子供のための作品を書き始めるが、純文学者として扱われる一連の人たちも特色ある児童文学の作品を書いている。ここでは主として童話に描かれた代表的な妖精像をみていきたい。
 ジョン・ラスキン(John Ruskin一八一九-一九〇〇)の唯一の児童文学作品『黄金の河の王さま』(一八五一)の初版には、リチャード・ドイルのすぐれた絵筆が黄金の河の王さまを視覚化している。長いひげをたくわえた小人姿の王は、マントを着て、大きなコニカルハット(三角帽子)をかぶり、それをくるくる回すと、河の王さまの徴(しるし)として水が飛び散る。この河とは、ドイツの黒の森に近いステリア地方の宝の谷にかかる滝が、夕焼けどきに黄金に輝くので、人々に「黄金の河」と呼ばれていたのであった。この小さい王はその黄金の河の精であ。、風の精でもあった。冬の寒い日、心の優しいグルックは雨にぬれた奇妙な男を憐れんで、家の中に入れてやるが、兄たちは怒って叩き出そうとする。次の夜またその男はやってきて名刺を置いていくが、そこには、「西南の風」と書いてあった。
 兄弟の住む村は、雨が降らず、早魅になり畑に何もできないので、二人の兄シュワルツとハンスは隣村に行って鍛冶屋になってしまう。そしてお人よしの末の弟グルックには、
たった一つ黄金のマグカップだけが残され、それには鋭い目をした赤ら顔が描いてあった。食べる物もなくなったグルックがマグカップを溶かすと、妙な声がして溶けた黄金の中から小人が飛び出す。それはあの黄金の河の王さまであった。旱魃の村を救うには水源に行き、聖水を三滴注げば河は黄金になるが、不浄の水を入れる者は黒い石になると王は言う。悪い心のシュワルツとハンスは、のどが渇くと聖水を飲み、老人や子供、小犬には分けてやらなかったため黒い石になってしまうが、グルックは成功し、河は流れ出す。
 この作品は、『グリム童話』の影響で作られており、舞台もドイツで、登場する兄弟たちの名前もドイツ名である。黄金の河の王が小人の老人であることや、三角帽子を回すこと、大きな円球の泡のように水に浮くことなどは、チュートン系の典型的なドワーフの属性を備えているが、河と風の精になっている。しかしもう魔法は使わず、善悪の判断によって、善を助け守るという性質であり、勧善懲悪の教訓的な色彩が濃い。
 ラスキンは、この物語をエフィーと呼ばれていた十二歳の少女ユーフエミア・グレイに語ってきかせ、それをあとで書いて十年後に出版した。のちに、このエフィーと結婚するが、彼女はヴェニスで共に過ごしたラファエル前派の画家で、エアリエルの絵も描いているジョン・イヴェレット・ミレイと駆落ちしてしまう。
 ラスキンは給描きでもあり、ターナーの絵を認め、美しい乙女の挿絵を描くケイト・グリーナウェイの友人であり、また文芸批評家で『現代画家たち』や『建築の七塔』、『ヴェニスの石』など、すぐれた絵画論、建築論を著しており、自らも絵筆をとり映像化が巧みであるので、帽子がコマのように回ったときには、コ二カルハットにマントと長いひげがどのようになるかなど、『黄金の河の王さま』の描写は細か鵜工である。
 この妖精の系譜は、ゲルマン系の地下に住むドワーフで、ラスキンは「リトル・ジェントルマン」、「リトル・マン」と書いているが、遠の「小さな人々」である。レプラホーンと同じ種類のダーク・エルフで、長いひげをたくわえた老人の姿をし、見た目には醜い容貌の小人である。
 『ゴブリン・マーケット』(一八六二)はクリスティナ・ロセッティ(Christina Rossetti 一八三〇-九四)の物語詩である。ゴブリンたちが売る果物の甘美な味を知った姉のローラは、この現世の快楽を象徴する果物を売るゴブリンの誘惑に負け、もう一度食べたいとまた谷へ行くが、果物を売ることを拒まれて病気になる。妹のリジーが、ゴブリンたちの誘惑と怒りをよそに姉を救い出すのが、物語の主題である。この姉妹、ローラにはクリスティナ自身の影、リジーには妹のマリア・フランセスカが投影されており、クリスティナのウイリアム・ベル・スコットへの報われぬ愛の思いがここには込められているようである。
 ゴブリンたちは禁断の木の実を売りながら、それを再び食べるよう姉を誘惑する。妹はゴブリンの谷へ姉が行くことを心配し、行ってしまった姉を救い出してめでたしとなるが、この話は最後になって姉妹が自分の子供に語り聞かせていたという枠組みになっている。
クリスティナは、兄ダンテ・ガプリエル・ロセッティとウィリアム・モリス、バーン=ジョーンズ等が作っていた文字と絵画のグループ「ラファエル前派」の機関誌『ジャーム』に、『夢』やその他の詩を載せたり、『誰が風を見たでしょう』といった純な童心を歌いあげた一連の詩(一八七二年に『シング・ソング』集に収められる)や『りんご拾い』といった哀感の漂う乙女心をうたった抒情詩などを書き綴って、詩人としても知られていた。後年には、人生に対する諦観の気持と敬度な神への思いをうたった宗教詩とも神秘詩ともいえる作品を書いている。一説によれば、クリスティナには幻視を見る能力が備わっていたともいわれる。

『妖精の系譜』 新書館

 

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