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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №102 [文芸美術の森]

           東洲斎写楽の役者絵
         美術ジャーナリスト 斎藤陽一

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第9回 写楽・第1期作品の特徴
    ~内田千鶴子氏の見解~

≪写楽のデビュー 第1期作品≫

 寛政6年5月、江戸の芝居小屋「都座」「桐座」「河原崎座」の三座は、江戸歌舞伎の再興を願って華々しい興行を企画しました。

 これを好機と見た版元の蔦屋重三郎は、世に知られていない無名の絵師を起用するという大勝負に出でました。この絵師が「東洲斎写楽」です。
 かくして起用された「東洲斎写楽」は、寛政6年(1794年)5月のデビューから寛政7年(1795年)1月までの約10カ月間、4回にわたる歌舞伎興行に合わせてたくさんの絵を描き、忽然と姿を消したのです。(注:当時「陰暦」なので寛政6年には閏11月があった)
  
 この4回の興行が進むにつれて、写楽の画風も変わっていきました。研究者たちは、これを「第1期」「第2期」「第3期」「第4期」と分類しています。
 このうち、世間に最も衝撃を与えたのは、役者の顔をクローズアップで描いた「大首絵」28点をひっさげて登場した「第1期」の役者絵でした。

 今度の「写楽の役者絵」シリーズでは、初回から前回まで、第1期の「大首絵」28点すべてを見てきました。

 今回は、長年にわたって写楽を調査・研究してきた内田千鶴子氏の興味深い見解をいくつか紹介したいと思います。内田氏は、実証的調査にもとづいて、早くから「写楽=能役者・斎藤十郎兵衛」説を提起してきた方です。私も、内田氏の著書(※1)から多くの示唆をいただいています。
 
≪なぜ背景を「黒雲母(くろきら)摺り」にしたのか?≫

102-2.jpg 内田千鶴子氏によれば「写楽の時代、舞台を照らす明かりは、二階桟敷の上に設けられた明かり窓からの自然光のみであった」とのこと。
 それゆえ「舞台で演技する役者を写し出す照明は、明かり窓から入る自然光と、本舞台、花道に置かれたカンテラを数十基並べただけであったから、決して明るい照明の下とは言いがたかった。」

 そこで、役者が見得を切った瞬間や、芝居が昂揚した場面では、黒子たちが長い柄の先に燭台やろうそくをつけて、役者の顔の下などに差し出すということをやった。これを「面あかり」(つらあかり)とか「差し出し」と言うのだそうです。

 内田氏は「写楽は、ほの暗い舞台で見得を切った役者の顔に『面あかり』が数基突き出され、光を受けて浮かび上がったその顔をクローズアップでリアルに捉えたに違いない」と言います。これは、当時の芝居小屋の状況から導き出した興味深い指摘だと思います。

102-3.jpg 役者の背景を「黒雲母摺り」にしたのは、第一にそのような舞台上の光と影の効果をリアルに写そうとしたことによります。

 さらに、寛政期の厳しい出版統制は、浮世絵の色数にまで監視の目が及んでおり、色板三種という極端な制限下にあったため、最もシンプルな色面構成を考えて、背景はすべて「黒雲母摺り」で統一した、ということも考えられます。
 これが功を奏して、あのようなユニークな「役者大首絵」が生まれた、という次第です。

≪写楽役者絵には「能楽」が反映している≫

 また、内田千鶴子氏は、写楽の絵には能役者・斎藤十郎兵衛が長年勤めてきた「能楽」のイメージが反映している、と指摘します。
 ひとつは、「面あかり」の光を受けて浮かび上がる役者の顔には「能面」のイメージと重なるものがある、というのです。
 写楽の役者絵の顔と能面をいくつか比較してみると、確かに似通ったものを感じます。102-4-3.jpg

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 内田千鶴子氏が指摘するもうひとつの「写楽絵」と「能」との関連は、写楽が描く人物の「目」の描写にある、ということです。
 内田氏によれば、写楽の目や眉、目隈の、省略というより「記号化」「象徴化」した描き方は、能面がヒントになっている、といいます。
 そう言えば、「能」には、余分なものをそぎ落とし、凝固させた仮面をつけて舞う「象徴劇」という特質があります。

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 写楽が描いた人物の目を見ると、楕円の中に小さな黒い丸を描き、その位置を微妙に変えて表情の変化を表現しています。確かにこれは「能面」の目玉に似通っています。

 ここから内田氏は、次のような見解を提示します。
 「写楽が能役者であるとしたら、化粧に彩られた役者の生面に、能面を重ね合わせた二重写しとして捉えた印象が、記号のような表現になったと考えられるのではないだろうか。・・・写楽は明らかに能というフィルターを通して、芝居のエッセンスを捕えたのだ。写楽は能役者だった。」(内田千鶴子著『写楽を追え』2007年。イースト・プレス発行)

 内田千鶴子氏は、写楽絵の衣装についても詳細な考証を行なっており、能衣装との関連も指摘していますが、ここでは省略します。関心のある方は、同氏の著書を付記しておきますので、それをお読みください。(※1)

 以上で、写楽のデビュー作、第1期作品28点全部の鑑賞は終わりにします。
 次号からは、第2期から第4期までの写楽の「画風の変化」に焦点をあてて、見ていきたいと思います。

 ※1:内田千鶴子著『能役者・写楽』(1999年。三一書房)
    内田千鶴子著『写楽を追え』(2007年。イースト・プレス)

(次号に続く)


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