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夕焼け小焼け №10 [ふるさと立川・多摩・武蔵]

 愛犬ケンちゃん

              鈴木茂夫

 書斎の机にケンちゃんの写真を置いてある。十数年前になくなった愛犬だ。耳を立て伏せてこちらを見ている。白い日本犬のようだ。純血かどうかはわからない。中学の校門の近くに捨てられていた子犬を、授業を終えた長女のあきこ子が連れてきたのだ。人懐っこい犬だ。頭をなでると、尻尾をふってその手をなめる。
 「シロ」「チビ」と呼ぶと、走ってきた。
  子犬はおなかがすいていたのだろう。牛乳をたくさん飲んだ。急いで買ってきたドッグフードもよく食べた。
  家族の誰もが文句を言わなかったから、すぐに無条件で家族の一員となった。
  動物病院に行き、狂犬病はじめ混合ワクチンの注射をした。少し緊張していたが、そばにいて頭をなでてやると静かにしていた。
 家の中を歩き回る。すべての部屋を点検して、食堂で休む。
 家の中で暮らすとなると、排泄の決まりを教えなければならない。それは散歩に出かけると連動している。なんどかしくじったが、うまくいくようになった。
 夜は私の布団の上で寝る。私の胸の横に位置を占める。私が目覚めると顔を合わす。
   食事は家族の食卓の下で、1日2回、ドッグフードのビタワンを食べた。人間の食べ物は与えない。食事を終えると、ソファの上で伏せている。
  私が机を前にして書き物をしていると、私の太ももに頭を乗せ横になる。
 「この子は勉強するのが好きなんだね」
 妻の貞子がそう言ったから。
  「これはインテリゲンチャかもしれないな」
と私が応じたことから「ケンちゃん」の呼び名が定着した。 ケンちゃんもすぐにその呼び名を覚えた。
 飼い犬だからしつけが必要だ。妻と二人がかりで根気よく教育した。
 「来い」「すわれ」「立て」「待て」「よし」「寝て」「ゆっくりいけ」「お預け」「お手」「ハウス」これだけは覚えて欲しかった。ケンちゃんはのみ込みが良かった。よく覚えると褒美にチーズをもらえるのがよかったのかもしれない。まあこれでいいだろうとした。しかし、よくないことをしたときの「反省」が大事だと、これを加えた。苦労したが、ようやく身につけた。
  「反省」と命じると、座って頭を下げるのだ。「よし」というまで、じっとしている。
 これはケンちゃんの得意技になった。
 ケンちゃんは旅が好きだった。必ず私たちの旅には同行した。
 「ハウス」と車をさすと、後部座席に飛び込んだ。
 東北道を走り、遠野市の五百羅漢で停車すると喜んで走り回った。東名高速道を行き、法隆寺に参詣したとき、門前で座って待機していた。 磐越自動車道で瓢湖を訪れると、白鳥の群れをじっと眺めていた。北陸自動車道で弥彦山を訪ね、ロープウエイにも乗った。
 上信越道に道をとり、上越市で、上杉謙信や親鸞聖人ゆかりの場所に立った。数え上げればきりがない。
  冬のある日、箱根へ出かけた。ケンちゃんはいつものとおり、車に乗り込んだ。動きに変わったことはない。  八王子から中央道に入る。道は空いていた。談合坂のサービスエリアで小休止。ケンちゃんは軽く用を足した。
 1時間半前後善後で箱根に到着。仙石原を散策。後ろの荷物置き場に、早めに夕食を出しておく。なぜか食欲はないようだ。私と妻は旅館の部屋に入った。
 あくる朝、車のドアを開けてもケンちゃんは動かない。横になって息を引き取っていた。
 「ケンちゃんが死んだよ」
 「じゃあ、帰りましょう」
 私たちは黙って帰途につく。寂しい道中だった。 
 ケンちゃんとは、16年間、共に暮らしたのだ。
 わが家の庭に埋めてあげようと、次女の子どもたちも加わって穴を掘った。ケンちゃんはもういない。



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