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妖精の系譜 №44 [文芸美術の森]

キーツの『レイミア』『エンディミオン』『ベル・ダム・サン・メルシィ』 2

       妖精美術館館長  井村君江

 キーツも妖精を宇宙の四大精霊と同様に考えていたことは、妖精の女王を「天球の精霊」と呼んでいることからうかがえるが、さらに『四妖精のうた』にもみられる。パラケルススの四大精霊のサラマンダー、シルフ、ノーム、ウンディーネとは違う名称を、キーツはこの詩のなかで用いている。空気の精ゼファーはギリシャの西風の精からきているが、地の精ダスケサは二語の組み合わせで「黒い土」を意味するところからキーツが造った言葉のようであり、水の精ブリアマも「波」や「淡水魚」の映像を含んだキーツの造語と推定される。詩の中でサラマンダーは「火の精霊((スプライト・オブ・ファイヤー)」と歌われ、ゼファーは「青い眼のゼファー」「氷の精霊」と呼ばれ、土の精霊は「まむしの目のダスケサ」と呼ばれているが、「斑点のある翼」を持ち、「とかげのようなわき腹」をしているとあり、水の精霊は「やさしいブリアマ」として「水晶の妖精(クリスタルフェアリー)」と呼びかけられており、四大元素の性質がそれぞれ、姿、形、性質に反映した描写がなされている。

     サラマンダー
  やさしいダスケサよ! 楽園へ!
  氷の精霊よ、飛び立て!
  空の凍れる生きものよ!
     ダスケサ
  凍れる生きものに息をかけよ、燃える精霊よー・
     ゼファーとブリアマ
  歓びに高く飛べ、高く飛べ!

 四大精霊たちが互いに 「燃えろ」「飛べ」「行け」「いでよ」「息を吹きかけよ」と互いにその力の勢いを鼓舞し合っているようなこの詩の背景には、これら四大精霊たちを魔術の杖で呼びおこし操っている魔術師プロスベロの映像が浮かんでくるようである。バ
一八二一年にローマで病死するその二年前の頃に書かれたと推定される未完の長詩『帽子と鈴、または嫉妬』 という作品があるが、その副題は、「フェアリー・テイル」となっている。
 妖精国が舞台で、妖精の皇帝エルフィナンを主人公とした、ドラマティックな構成を持つ物語詩で、当時文壇で人気のあったバイロンの新作『ドン・ジュアン』を諷刺するために書いたといわれており、スペンサー詩形(スペンサリアン・スタンザ)の調子のよい軽快なリズムの詩行の中に、妖精皇帝と妖精王女と人間の娘の愛のやりとりと嫉妬がややコミカルに歌われている。

  インドの中央の地、冷たいハイダスビス河のほとりに
  妖精の都が中空に、ゆらめきながら建っていた
  エルフィナン皇帝(エンペラー)がそれをしっかり治めていた。
  皇帝が人間の女性、美しい乙女を愛していることを、知らぬ者はなかった。
  乙女の唇は豊かで、やわらかい手は
  形よく美しく、肉づきよく、稀れにみるものだったので、
  皇帝の熱心で変わらぬ、遠慮がちな求愛をしだいに高めさせた。というのも、
  皇帝は影のような静かな女たちを愛していたけれども、ただの影では嫌だったのだ。

 妖精皇帝エルフィナンは自分が妖精であることを忘れたかのように、妖精の女すなわち「影(シェイド)」であるベラネイン王女を否定し、実在感のある人間の女性パーサを愛することを望んでいる。この詩が書かれる一か月ほど前に完成した物語詩『レイミア』の中でも、

  妖精、精霊、女神の美しさは
  気のふれた詩人の好きなように歌わせるがいい、
  洞窟や湖、滝壷に出没するこうしたものたちの
  どんなもてなしも、
  実際の女性のもてなしには及ばない、

と「現実の女性」への執着が歌われており、美しく歌っても妖精や夢の女性には実体のないもどかしさと不安が感じられ、キーツの心が愛する実在の女性ファニー・プローンへの果たせない思いと悲しい現実との矛盾に苦しんでいたことがうかがえてくる。
 エルフィナン皇帝の妖精国はインドにあり、彼の愛した人間の乙女パーサは、インドの取り換え児(チェンジリング)になっている。

 ……私は子どもの頃より彼女を知っている。
  彼女は私の支配する国の(取り換え児)、
  彼女はものさびしいインドで、真夜中に生まれたのだ。

 エンディミオンが愛するのがインドの乙女であったように、キーツにとって妖精たちは「香料の薫るインド」からやってくるのが固定観念になっていたようであるが、これはシェイクスピアの『夏の夜の夢』が重なっていることを示しており、シェイクスピアでは男の子であったインドの取り換え児の役割を、ここでは乙女パーサが占めている。
 エルフィナン皇帝が「嫉妬深く」、「怒りっぽく」、「好色」であるというのは、オベロンの性格そのままであり、オベロンは王妃ティタニアに月夜の森で出会った途端、「嫉妬やのオベロン」と言われ、女王とすぐいさかいになり、人間の羊飼いに化けて色っぽいフィリグを口説いたり、インドの山から飛んでいってアマゾンのヒポリタに恋歌を歌ったり、好色であることを非難されている。このエルフィナン皇帝が怒りっぽく、怒ると「床をふみならし、ベルを押してすぐ死刑を命じる」わけで、ベルは恐ろしい死刑の執行の音になっている。またベルの音は、妖精の王女ベラネインの愛称としても用いられているが、表題の『帽子(キャップ)と鈴(ベル)』は妖精王女の王冠=権威と命令を象徴的に示しているとともに、妖精の典型的な服装であるコニカルハット(三角帽子)と音楽好きの妖精が愛する鈴が重ねられているようである。民間伝承の妖精の騎馬行(フェアリー・ライド)では、必ず引き具から鈴が鳴っていると書かれており、妖精の女王の白馬には必ず銀の鈴がつけられている。
 妖精皇帝エルフィナンが妖精王女ベラネインを王妃に迎えようとする一行がゴビ砂漠を渡ったり、火の山を越えたり、グリフィンやペガサスに出会ったり、星占い師ハムの使う術や魔術の本など、超自然的な道具立てが多数用いられて、オリエンタリズムとエキゾチシズムの雰囲気作りには役立っているとしても、フェアリーを中心に据えた作品でありながら、妖精界の消息を伝えている他のキーツの作品とは、何か次元を異にするものになっていることは否めない。
 親友であるブラウンがこの詩をキーツは大変なスピードで軽々と書いていた、と言っているが、中核の詩想が完全に熟する前に蚕のように言葉を紡ぎ出していたようであり、推敲の暇もなく執筆中に喀血するという健康上の理由もあり、現実と心の思いの葛藤もあって、創作の筆が中断したまま未完に終わったことが、その一つの原因かも知れない。

『妖精の系譜』 新書館



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