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武州砂川天主堂 №18 [文芸美術の森]

第五章 明治六年 4

        作家  鈴木茂夫

九月十四日日曜日、横須賀造船所・横須賀教会。
 ジェルマンの最初の役目は、横須賀の聖ルイ教会の主任司祭として、横須賀造船所に働く四十余人のフランス人技術者のために奉仕することだった。造船所構内の山の麓の小さな煉瓦建ての教会に信徒が集まってくる。
 横須賀造船所は、慶応元年(一八六五)幕府が近代的な造兵廠の建設を構想し、フランス人技師に委嘱したのにはじまる。製鉄所、艦船の修理所、造船所、武器庫および宿舎などが計画された。このため、海岸に迫った山を切り崩し、海岸を埋め立て、平地に整備する工事が進んでいる。数百人の労務者が働いていて活気にあふれている。
 ジェルマンがここに着任して最初のミサを執り行う日曜日だ。ミサはキリストの死と復活を思い起こす。キリストの肉体の象徴としてのパンと血とされるぶどう酒によって信徒がキリストと一つに結ばれる祭儀だ。
 午前七時、正装したフランス人技術者たちが教会に姿を現す。その中には、家族連れも何組かいた。
 ジェルマンは黒色の法服に身を包んで祭壇に立つ。
 「あわれみの賛歌」を唱える。
  主よ、あわれみたまえ。
  主よ、あわれみたまえ。
 続いて「栄光の賛歌」。
  天のいと高きところには神に栄光、
  地には善意の人に
  平和あれ。
 ジェルマンは、次の聖句を説教の題材に選んだ。
 われ新しき誡命(いましめ)を汝らに与ふ、なんぢら相愛すべし。わが汝らを愛せしごとく、汝らも相愛(あいあい)すべし。互いに相愛する事をせは、之によりで人みな汝らの我が弟子たるを知らん
                     ヨハネ伝福音書・第十三尊三十四節
 「神は私たち人間がお互いに愛しあうことの意義を教えてくださいます。神がわれわれに愛をしめされたように、私たちもお互いに愛し合うことが大切です。互いに愛し合うことは、とりもなおさず主イエス・キリストの弟子であることにつながるのです。故国にある皆さんの家族、親しき人を愛することが、神の愛につながるのです。どれほど遠く離れていても、愛があれば身近に結ばれていることを感じとることができるのです」
 「信仰宣言」を唱える会衆の声が高らかに堂内に響く。
  わたしは信じます。唯一の神、
  全能の父、
  天と地、見えるもの、見えないもの
  すべてのものの造り主を。
  わたしは信じます。唯一の主イエス・キリストを。
  主は神のひとり子、
 「平和の賛歌」、
  神の子羊、
  世の罪を除きたもう主よ、
  ご彙.鍔遜鼠
  われらをあわれみたまえ。
 ジェルマンは、小さなパンの一片を、信徒一人一人に手渡していく。信徒は、そのパンを口にする。聖体拝領(せいたいはいりょう)だ。
 ジェルマンは、会衆に向かい、
 「日本に新しい技術をもたらすために働いているみなさん、みなさんは、母国を離れ、この国の人びとの幸せのために日々を送っています。全てのものの造り主である神は、みなさんの真撃な熱意を温かく見守って下さいます。どうか神の御名をたたえ、神の心に添って暮らして下さい」
 ジェルマンは、自らの語る言葉が、会衆だけではなく、まさに自らに語りかけているのだとも感じた。神の慈悲を素直にたたえる自らがうれしかった。ミサは終わった。
 「神父さん、きょうの説教は、胸に響きました。私たちは、毎日の仕事に追われて忙しく働いているけれども、遠くにある故郷が懐かしい。故郷に帰る日を夢見て働いているんです」
 話しかけてきたのは、四十過ぎのフエルディナン技師長だ。
 「夜、宿舎の室で一人、故国に残してきた家族のことを思うと、たまらなく寂しい思いに駆られます。」
 ジェルマンは答える。
 「フエルディナン技師長、あなたの感じる寂しさは、一人で教会を預かる私も同じです。この寂しさは、家族への思いです。それはつまり、家族と分かちがたく結ばれている絆です。そして家族への愛です。私は家族を思う時、私と家族を結びつけている杵に、神の摂理を感じます。なぜなら神が私たちに愛を与えて下さったからです。愛を感じる時、私たちは孤独ではありません。神の御名を称える時、神が私と家族を優しく包んで下さっているのを感じます」
 「神父さん、ありがとう。私も家族の写真を前にして、神の御名を称えることにしましょう」
 「技師長、あなたはいつまで日本で働くのですか」
 「私たちは、この国が近代的な船を造り出せるように、新しい船渠を造りました。これで最初の船を生み出すのです。ですからこれから二年は働くことになるでしょう」

明治六年秋、冬、横須賀教会。
 ジェルマンは、横須賀教会を一人で守る。三度の食事は、近くに住む老婦人に頼んだ。老婦人は、日本食しか作れない。パリの大神学院でも租食だった。だからジェルマンは、努力して魚の干物や、煮付けなどの日本食になじんだ。
 ジェルマンの望みは、日本人を相手に伝道することだ。そのためには日本語を不自由なく話せるようになることだ。最も身近にいるのは老婦人のおせいだ。おせいを教師に仕立てた。
 ジェルマンは「これは何ですか」という片言を頼りに、
 「おせいさん、これはなんですか」
 「それは茶碗だよ」
 「それはなんですか」
 「それはお釜だね」
 「あれはなんですか」
 「あれは工場だね」
 ジェルマンは、眼に入る物は何でも「これはなんですか」と質問する。
 答えが返ってくると、それを即座にノートに書き留める。そしてフランス語で意味を書き添えた。とりあえず、ひとしきり物の名前を覚えると、意味のある片言の学習に移る。
 ジェルマンはヴアランタン技師長に狙いをつけた。技師長は、日本人技術者に日本語で話す。
 ジェルマンは、船渠の中で働く技師長の手が空いているのを見ると、話しかけた。日本語の練習だ。
 「技師長、私は横濱に行きます」
 「神父さん、横濱から帰ってきなさい」
 「技師長、横浜へ行く道を教えて下さい」
 「横浜へ行くのには、この道をまっすぐ歩けばいい」
 「この道はなんという名前ですか」
 「神父さん、失礼、日本語の練習はそこまでです。私の本業の造船の指揮をしなければなりません」
 ジェルマンは、町の中にも出て行き、日本人を相手に話しかけた。日本語を書き込むノートも一冊二冊と増えていく。

『武州砂川天主堂』 同時代社



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