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妖精の系譜 №41 [文芸美術の森]

 歴史小説家とフォークロリストとしてのW・スコット

        妖精美術館館長  井村君江

 『湖上の美人』『アイヴァンホー』『ケニルワースの城』『ロブ・ロイ』など三十冊に及ぶウェイバリー叢書の歴史小説家、詩人として知られているウォルター・スコット(一七七一~一八三二)は創作の筆をとる以前に、スコットランド国境地方に伝わるバラッドや昔話、伝説などを蒐集し集大成した『スコットランド国境地方の吟唱詩歌集』(一八〇二)と、死の二年前に完成した『悪魔学と魔術に関する書簡集』を刊行して、民俗学者としても大きな業績をあげており、彼自身の創作においても、これらは物語の特色を形づくる重要な要素となっている。
 エディンバラに国境地方人として法律家の家に生まれたスコットは、幼い時の事故で足が不自由であったため、外での遊びよりは本を読みあるいは母親の話を聞くことを好んだ少年であった。後年になって蒐集したバラッドのなかには、幼い頃に母親が請って聞かせてくれたものもいくつか入っている。英・仏・独の語学を学び、とくにドイツで当時新しいバラッドがはやっていることを知り、ゲーテの『魔王』を英語に訳した。疾走する馬車の中で魔王の死の影におびえる少年を歌ったこの恐怖物語はスコットの心をとりわけ捉えたらしく、それにならったバラッドを試作し、そのいくつかが当時ゴシック・ロマンスの代表的作家であったモンク・ルイスが刊行を計画していた『驚異物語集』に採用されることになったが、この本は一八〇一年まで出なかった。スコットのバラッドへの情熱は、トマス・ハーシーが編んだ『古英詩拾遺集』(一七六五)を見たことで一層高まり、自らスコットランド高地地方(ハイランド・現地発音ではヒイランツ)に足を踏み入れ、古い城や砦を訪れそこにまつわる話を蒐集し、リッズデールの未開地方へは七度も足を運び、その部族の古老が語り歌う古い歌謡を筆写し記録して帰った。
 蒐集されたバラッドや物語詩は、印騎士道の物語などを扱った「歴史的バラッド」、似超自然のものとのロマンスと冒険を歌った「浪漫的バラッド」、畑ルイスや彼自身の新しい創作を含む「現代物語詩」に分けられている。今ではよく知られている『ロビン・フッド』、『詩人トマス』、『若きタムレイン』のバラッドや『人魚』、『水棲馬(ケルビー)』の物語詩などスコットランド地方に伝わる物語詩が三巻の中に多数収められており、伝承文学の宝庫の感がある。幾種類かの作品は、スコット自身の鑑識眼で任意に改作され、その校訂は正確とはいえない欠点はあるにせよ、この詩歌集が後世のとくに浪漫派の詩人や作家たちをうながしてすぐれた作品を誕生させた意義は大きい。冒頭につけられた、六世紀から十六世紀にわたるスコットランドのバラッドの歴史を鳥撤(ちょうかん)した一二〇貢余にわたる解説や、各バラッドにつけられた註は、独立した研究論文のように内容豊富で貴重な文献である。なかでも「浪漫的バラッド」の『タムレインの物語』につけられた「民間信仰における妖精」と題した註釈(八五頁)は、スコットランドにおけるフェアリーの概念や、スコットランド地方の民間に伝わるフェアリー信仰や、さまざまのフェアリーの物語、例えば「レイスのフェアリー少年の話」「妖精の騎馬行」「妖精の棲み家」、「取り換え児」や「妖精の呪文」などについて記し、また多くの妖精たち、ドラカエ、レイミア、ドエルガー、赤帽子、「ミュアー家の茶色男」、人魚などが記録されており、妖精学の上でもこうした蒐集・記録は初めての、画期的な仕事になっている。
 スコットは文学者であったが、研究者としても知識と精密さをもってロバート・カークの『エルフ、フォーン、妖精の知られざる国』や、ティルベリーのジャーヴァス、アン・ジェファーズやジョン・ジエミソンの業績などを踏まえて論を展開しており、フォークロリストとしても妖精信仰に対する彼独自の見方を出している。
 「万象に神性があると信じている人にとっては、妖精や亡霊、超自然の生きものが存在すると認めるのは容易なことである」という考えにスコットは根ざしており、その妖精観はケルト的であり、ドゥルイドの生命の輪廻説に近いものにもとづいている。
 スコットランドの人々が信じていた妖精の容姿や性質については、次のような描写が見られる。

 スコットランドの妖精たちは、概して身体の小さな一族であり、その性質は気まぐれで人を恨みやすく、いたずら好きというとらえがたい性質をもっている。妖精たちは主にゲール語でシーアンという緑の丘の中に住んでいるが、丘の形は円すい形である。月夜にはその丘の上で踊るが、踊った跡には円いしるしができ、ときには黄色くなったり枯れたりし、ときには濃い緑の色に変わった。する。その輪の中で眠った。日没後に入ったりすることは危険である。   (『民間信仰におけるフェアリー』より)

 一般に「ディーネ・シー」「平和好きの人」「艮いお隣りさん」と呼ばれているこうした妖精たちは、高地地方(ハイランド)の人々によれば身近なところに住んでお。、草原の丘のはかに家の入口の敷居の下の土の中に、美しい棲み家を作っていると信じられているが、彼らについて話すこと、とくに金曜日に話すのは良くないことだといわれている。スコットは、妖精のいたずら、妖精の飛び方、妖精除けのまじないの仕方など、スコットランドの人々と妖精との交渉を強い好奇心を持って丹念な筆で書きとどめている。
 このバラッド集につけた彼の考えを吐露した註を独立させ、三の本にまとめたい意向を実現させたのが、最晩年の十の手紙として義理の息子1・G・ロックハートに宛てた書簡の形で書かれた『悪魔学と魔術に関する書簡』である。(1)想像上の亡霊、(2)魔女と悪魔に関する手記と質問、(3)悪魔学の異教的淵源、(4)妖精神話、(5)妖精と魔女信仰、(6)十六、十七世紀におけるキリスト教と悪魔学、(7)ヨ-ロッパにおける魔術、(8)イギリスにおける魔術、(9)スコットランドにおける魔術、(10)幽霊話の内容であるが、(a)幽霊、亡霊の正体に関するもの、(b)妖精、魔女、悪魔の淵源と特色、(c)魔術と教会との歴史の三つに趣旨は集約されよう。(4)および(5)に善かれた妖精神話の項目に、前述した解説の小論は大きく発展してまとめられている。
 スコットはその出発点と終結の時期において、いわば終生、白分が生を享けたスコットランドの地に住む人々の間に、古代から棲息し続けていた目に見えぬ超自然の生きものに関する言い伝えを記録し、それについて考え続けていたと言えよう。
 三十四歳のスコットは、処女物語詩『最後の吟遊詩人』によって一躍、創作者として詩壇の脚光を浴びた。ちょうど古い韻文(メトリカル)ロマンス『サー・トリストレム』(一八〇四)の校訂を終えたところであり、友人のダルキース伯爵夫人から国境地方の農家に出没するゴブリンのギルピン・ホーナーの話を聞き、これをもとに物語詩を書こうとしていた。そのとき、友人からまだ末刊行であったコールリッジの『クリスタベル』の朗読を聞いたのである。そこでスコットはバラッドと韻文ロマンスの性格を持った『クリスタベル』のようなゴシック・ロマンスの物語を書こうと思い立って、領主の娘マーガレットと敵軍のクランズダン卿との恋愛物語を書いたのである。物語の中でマーガレットの母は魔法に明るく、亡き父の墓にある魔術書によって、精霊が予言した「倣慢な心が消え、恋が自由になるまで」という言葉の意味を娘のために解こうとする。そのマイケル・スコットの魔術から出現した精霊でゴブリンの小姓は、それを邪魔し、また「見つけた!見つけた!見つけた!」と叫ぶが、この言葉は『スコットランド国境地方の吟唱詩歌集』の中でスコットが記録している妖精シェリーコートが、「無くした!無くした!無くした!」と叫ぶところから思いついた言葉のようである。
 このようにスコットの小説や詩には、超自然の生きものたちが、主題にはなっていないが、物語の背景である森や湖や荒野に多数出現し、また挿入されたバラッドの中にも歌われ、効果をあげている。
『湖上の美人』(塩井雨江本邦初訳名)として知られている『レディ・オヴ・ザ・レイク』(『湖の貴婦人』、『湖の麗人』等の訳名あり)は、アーサー王伝説の湖の精から来ているが、物語中ではキヤトリン湖の島に住むエレンという人間の娘である。しかしこの中に恋人のアラン・ペインが歌う『アリス・ブランド』という妖精物語のバラッドがある。スコット自身の註によれば「この妖精物語は珍しいデーン人のバラッドから発見された」ものであり、ストーリイはアリス・ブランドが緑の森で妖精王にさらわれた兄を、その勇気で取り戻すというものである。

  丘の中に住んでいる
  ご気嫌斜めの妖精王が話をした
  荒れ果てた教会の柱を吹く凧のように、
  ひゅーひゅーという幽霊のような声だった。

  彼方のブナや樫の木が邪魔をして、
  月夜の妖精の輪が、
  幕をかけたようになぜ見えるのか?
  鹿を追いながらここにやってきたのは、
  愛すべきわが妖精の女王なのだろうか?
  フェアリーの宿命的な緑の服を、
  荒野で着ようとする者がいるだろうか?

 月夜の妖精の輪、妖精の緑の服など、伝承に現われる妖精の姿や性質を歌いこんで不可思議な雰囲気を持つバラッドに仕立てているが、このほか物語の筋の中でもハイランドの情景やキャトリン湖やマーストンムーアやグレンムーアを描写する時、スコットの筆は昼のもやの中に現れる「白昼の妖婆」や深夜の森を排掴する「ゴブリン」や、谷間に長く尾を引いて響く「バンシー」の予言の声を書かずにはいられなかったようである。そして見方を変えれば、それら多くの目に見えぬ妖精たちが自在に活躍するとき、その丘や荒野や森や草原は、古い歴史の重みと深い神秘を帯びて物語の世界に広がってきているのである。

『妖精の系譜』 新書館



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