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論語 №153 [心の小径]

四八三 子游(しゆう)いわく、わが友張や、能(よ)くし難きを為す。然れども未だ仁ならず。
          法学者  穂積重遠

 子游の言うよう、「友人子張君は、常人のよくし難いことを為し遂げる大才があるが、誠意が欠け人情が薄い故、まだまだ仁とはいえぬ。」

四八四 曾子(そうし)いわく、堂堂たるかな張や。与(とも)に竝(なら)びて仁を為し難し。

 曾子の言うよう、「堂々たる大人物なるかな、子張君は、しかしどうも調和的でないので、いっしょに助け合って仁を為すことがむずかしい。」

四八五 曾子いわく、われこれを夫子に聞けり。人未だ自ら致す者あらず。必ずや親の喪(も)か。

 骨子の言うよう、「私が先生からうかがったことだが、人間が特につとめずして自発的にその真情の限りをあらわすということは、なかなか有り得ない。有るとすれば、まず親の葬式の時ぐらいのものか。」 

四八六 曾子いわく、われこれを夫子に聞けり。孟荘子の孝や、その他は能くすべし。その父の臣と父の政を改めざるは、これ能くし難きなり。

 「孟荘子」は魯の太夫、仲孫速(ちゅうそんそく)。父は献子(けんし)。

 曾子の言うよう、「私が先生からうかがったことだが、孟孫子の親孝行も、外のことはまだまねもできるが、父の死後その旧臣をそのまま召使い、その政治振りを改めずにそのまま受け継いだことは、余人にはできないことだ。」

 伊藤仁斎いわく、「献子は魯の太夫。その才を用い政を立つる、もとより紺るべきもの多し。而して荘子皆能(よ)く遵守して改めず。夫子言う。その他の孝行人の能くせざる所のものあり、然れども皆この事の最も能くし難しと為すに若)し)かざるなりと。それ孝は、善く人の志を継ぎ、善く人の事を述ぶるものなり。父に善政良法ありて、而してこれが子たる者奉行すること能(あた)わず、或はたやすくこれを変更して以てその好む所に徇(したが)う者、世毎(つね)にこれあり。今荘子、父の臣と父の政とを改めざるは、すなわちただに先徳を辱めざるのみならず、且つ以て祖業を光(おおい)にすべし。あにその他の孝行の能く比すべき所ならんや。しかるに後世の史氏の孝子を伝する者、専(もっぱ)ら孝行の能くし難きものを取りてこれを称するはそもそも末なり。』(参照・一一)

『新訳論語』 講談社学術文庫



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