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妖精の系譜 №40 [文芸美術の森]

コールリッジの『ピクシーの唄』と『クリスタベル』 2

        妖精美術館館長  井村君江

 サー・レオラインの娘クリスタベルが、真夜中、一人森の中で戦いに出た愛する人のために祈りを捧げていると、美しい婦人ジェラルダインに出会い、困っているのに同情して城に連れ帰りもてなす。クリスタベルは寝床に入ろうとしたとき、ジェラルダインが彼女を誘惑しょうとした魔女であることを見ぬくが、その呪文にかかり口がきけなくなる。サー・レオラインはジエラルダインが友人ローランド・ド・ヴァックス卿の娘という嘘を信じ、楽人に命じて父の城に送らせる。物語はそこで未完に終わっている。魔性の女性であるジエラルダインは深夜ふかい森の月明かりのもとに白い衣をまとって現われる。

  クリスタベルが見た輝くその人は、
  純白の衣をまとい
  月の光の輝く中に影をなし、
  その首すじは白き衣さえ白ませ、
  うなじも腕もあらわに
  青く浮く静脈のみえる足には靴もはかず、
  もつれる髪のそこかしこには、
  宝石が光っていた。

 幻想的な森の精霊とも見えたこの女性が、城の一室でクリスタベルのそばに寝ようとするとき、突然魔性の一端を現わす。その日は蛇のように光り、脱ぎかけたドレスから見えたその身体は 「やせ細りしなびて醜悪な色合いを帯びていた」(草稿の資料より)。その魔女がそばに眠ろうとするクリスタベルの恐怖が描かれている。未完のためジエラルダインの正体は描かれないままに終わっているが、蛇身の魔女あるいは吸血鬼のような不気味な映像が浮かびあがってくる。
 コールリッジの詩篇にはジエラルダインのような魔性のものが時折登場するが、『クブラカーン』の最後にも、髪をふり乱し眼を輝かせ、蜂蜜を食べ、楽園の乳を飲んで育った超自然の異様な男が登場する。そのまわりに「三度輪を描け」という呪文のような言葉が聞こえてくるが、魔法使いの輪の中にくり返し描かれるアルファとオメガに関わりがあるので、魔法の秘儀あるいは呪術を解くまじないの儀式とも考えられよう。クブラカーンの庭園を流れる河はアルフであり、アルファと連関があり、庭園の長さは五マイルの二倍、五角形(オクタゴン)は魔法陣であるので、魔術とも連関があるというように、この髪をなびかせた異形の男は、神懸りで忘我状態の詩人ともとれようが、魔術師とも考えられるのである。しかし痛み止めの麻酔の夢は醒め、この映像は再び戻らず消え、詩は未完で終ってしまった。
 一八〇五年に『無分別な魔術師』という作品がある。この魔術師が「希望と怖れの入り混った」(Hope and Dread)深い虚ろな声で精霊を呼び出す声の響きには、この『クブラカーン』の異形の男の「聖なる怖れ」(Holly dread)で三重の輪を描けという言葉が重なって響いてくるようである。

  七たび私は言った、
  ヨホヴァ、ミツォヴ
     ヴォヒーン!
  すると雄孔雀の姿をした
  インプが飛び出してきた!
  次に私は見た、
  私は目を疑った、
  そして七たび吐き出すように言った、
  ジョホヴァ、ミツォヴ
    ヤーオェヴオヘーン!
  反(アンチ)キリストの人々がぶつかりあいながら
  立ち上がってくると、
  悪魔の大群を後ろやわきや前に従えて、
  いたずらな毛むくじゃらの黒い仔羊の姿をした
  彼らの女羊飼い、
  ルシファーの母親が、
  老いぼれた黒い牡山羊にまたがり、
  トルコ風のあぶみをつけた膝が彼女のあごまで上がり
  つやのある金ぴかのインプが彼女の乳房に口をおおう、
  「いそげよ、私の老いぼれベルジー(彼女は乳を飲む獣の子に歌いかけるように叫んだ)」

 カバラの術者たちが呪文を唱え悪魔たちを呼び出したわけであるが、堕天使ルシファーの母、バルゼバブ、ドラゴンなど、角や尻尾のはえた異形のものたちが、火や硫黄の中から姿を現わしてきている。これらの超自然の生きものたちは、いわば神にそむいた堕天使であり悪魔であるが、コールリッジがその『エピローグの詩』で言っているように、地獄のかわりに煉獄に住む者たちである。このカバリストの擬似魔術師(シュード・マジシャン)は魂の内奥の秘境との交流をせず、間違った呪文ではんばな悪魔たちを呼び出してしまったようで、コールリッジには珍しいコミカルな響きのある詩篇である。この詩も『クブラカーン』も未完であり、映像は夢の断片のように、心の深淵から立ち現われて来ており、超自然の生きものたちはみな暗く黒い。

『妖精の系譜』 新書館



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