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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №80 [文芸美術の森]

       喜多川歌麿≪女絵(美人画)≫シリーズ

         美術ジャーナリスト 斎藤陽一

       第8回 文読む女と煙草を吸う女

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≪文読む女≫

 今回は、喜多川歌麿が寛政3~4年ごろに描いた「婦女人相十品」シリーズから2点の絵を紹介します。
 「婦女人相十品」(ふじょにんそうじゅっぽん)というシリーズ名は、さまざまな女性の姿かたちを描き分ける、というような意味です。

 まずこれは、「文読む女」(大判・錦絵)。
 描かれているのは、眉毛を剃り落とした、町家の女房といったやや年増の女性。着物に繻子の黒襟をつけています。これは普通、立ち働きがしやすいよう、普段着にかけるものですが、この女性は、上等な江戸小紋の着物に黒繻子(くろじゅす)をかけているので、このような格好を日常的にしているのは料亭や船宿の女将といった接客業にたずさわる女性ではないか、と言う研究者もいます。
 この江戸小紋は「松皮菱」(まつかわびし)小紋と呼ばれるもので、赤い更紗の前帯と組み合わされて、なんとも粋な装いとなっています。

80-2.jpg 彼女は、上体をそらし、手紙をぎゅっと握りしめるようにして読んでいる。その仕草や目つきから、この手紙が尋常なものではないことが伝わります。

 どこから来た手紙なのだろうか?
 もしかするとこの手紙は、彼女の愛人から来たものか?
 いや、彼女あての手紙ではなく、あるいは亭主あてのものであり、しかも芸者か遊女から来たものか?
 だとすると、このあと、大変なことになりそう・・・
 いろいろな想像を掻き立てさせる歌麿の描写です。

≪煙草を吸う女≫

80-3.jpg 次は、同じ「婦女人相十品」シリーズから「煙草を吸う女」(右図)。

 この女性は、一見して堅気ではないということが分かりますね。

 単衣の着物を無造作にひっかけ、胸をはだけた姿で、けだるそうに煙草をくゆらせている女は、遊女かも知れない。それも岡場所の下級遊女でしょう。

 髷(まげ)も、丸髷に整える前、あるいは丸髷をほどいたあと、といった崩れた感じです。

 このような岡場所の下級遊女をテーマにしながらも、背景は、白雲母の粉を散らした「雲母摺り」(きらずり)なので、錦絵としては凝った作りです。

 さらに目を凝らして見ると、何と、尖らせた口から吐き出す煙草の煙が「空摺り」(からずり)という技法によって、空間を漂うように表されるという凝りよう。
 「空摺り」というのは、絵具を塗らない版木に和紙をあてて強く押すように摺り、紙に凹凸をつけることで模様や質感などを表現する技法です。
名称未設定 4 のコピー.jpg 右図を見て、「雲母摺り」の背景に凹凸がつけられており、煙がたゆたっている感じが分るでしょうか?

 歌麿はこの絵で、はだけた姿や物憂げな仕草、負けん気の気性を示す目つきなどによって、この女の暮らしや状況をさりげなく暗示しています。
 かと言って、歌麿の描く女が決して退廃的な感じにならないのは、細かい観察を基盤にしながらも、あからさまな表情や仕草を強調せず、むしろ、きわめて抑制した描き方を心掛けることにより、何よりも「風情」を表現しようとしたからでしょう。
 つまり、歌麿の女絵のコンセプトは、写実そのものを心掛けるのではなく、いかに「風情」を表現するか、ということだったと思います。

 次回は、歌麿の全盛期と言われる寛政中期に制作された全5枚の「歌撰恋之部」シリーズの中から、2点の美人画を紹介します。歌麿の女絵の代表作とされるものです。
(次号に続く)


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