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日本の原風景を読む №47 [文化としての「環境日本学」]

心を映す風景 ― 東北の浄土、中尊寺 2

  早稲田大学名誉教授・早稲田環境塾塾長  原 剛

不慮の死を弔う

 --鐘声が、みちのくの地を動かす毎に、冤霊(えんれい)をして浄刺に導かしめん。
 中尊寺供養願文は天治三(一一二六)年三月、中尊寺大伽藍の落慶供養に奉納された。
 起草したのは藤原敦光、天皇の側近であった。
 「鐘楼の大きな鐘の音は千界を限らず、果てし無くどこまでも響き、その鐘の音の功徳はあまねく皆平等で、『官軍夷虜(かんぐんいりょ)』、官軍も辺境の捕虜も区別はない。人は誰でも死ぬ。鳥も獣も魚も、命あるものはみな死は免れない。その魂は他界(あの世)に去り、朽ちた骨だけがこの世の塵となる」。

 「争いを止めなさいという、戦争否定、非戦の思想が中尊寺の落慶供養の願文の中に述べられています。前九年後三年の長い長い戦い、それからさらに三年、この地方は蝦夷といわれ、道の奥であるがゆえに大義名分は常に都の側にあった。それにそぐわない、先行きが分からない存在だからという不安材料でもって都から攻められ、抵抗したからといってまた攻められました。この状態からようやく生き延びた清衡が、多くの人々の亡くなった霊を『冤霊』と表現しているのです」 (佐々木邦世住職)。

— どのような文字を。
住職 冤罪の「冤」は、兎(うさぎ)なんですね。いわれのない網にかけられたウサギが、ぶるぶる震えている象形文字だそうです。清衡の思いを込めた造語です。
— 故なくして命を落とし、落とされた思いを残しながら亡くなった人々の霊ですね。清衡は自身が覇権争いの渦中で家族は皆殺しに遭いました。
住職 多くの人々は自分の意思とは係わりのない場面で、突然網をかけられ命を奪われた。
ぱっとかけられたいわれのない網、そういう人の争いの中で命を失った人々を敵味方の区別なく弔う。そこが中尊寺が靖国神社とは違うところです。「官軍夷虜」、官軍も辺境の夷虜にも区別はない。

 世に知られていない事実であるが、中尊寺金色堂には藤原三代公の霊と共に、宮沢賢治の霊が合祀されている。昭和三十四年金色堂の傍らで、賢治の詩碑「中尊寺」の除幕式が行われた。その直後、薗実円買主始め一山の僧侶たちが金色堂に入り、式次第に従い賢治の宝を合祀し、供養した。この時代にあって宮沢賢治とはそのような存在なのだ。

海に祈る

 中尊寺からも多くの僧侶たちが東日本大地震の被災地へ向かい犠牲者たちと対面した。
 「何ができる、してあげるじゃなくて、一緒に手を合わせることしかないんですよね。手を合わせていると、最初の日の午前中にみなさん『ここに何しに来た』というような顔をしていたんです。でも、午後になって行ったら、そこにいるのは構わないくらいのことなんです。次の日は一緒に、三日目にはもう待っていてくれて、こっちまで拝まれるくらいになって。やっぱり一緒に気持ちを形で表すから、これはもう合掌する以外にないんですよ。それは『南無妙法蓮華経』と言おうと、『南無阿弥陀仏』と言おうと、どちらでもいいんです。とにかく海の方に向かって皆で一緒に拝む」(佐々木住職)。
 佐々木邦世住職は、被災地のガレキの合間に、何かを探している人々をしばし見かけた。
 「何か、物を探しているんじゃないと思うんですね。何を探すか、を探しているんじゃないか、と思うんですね」。
 形あるものがことごとく粉砕され、消失した巻で、人々は形のない価値、生きる拠りどころを探しあぐねているように思えた。

臨床宗教師の登場

 3・11直後の二〇二年五月七日、仙台市内のキリスト教会の神父と仙台仏教会の僧侶たちが宗派、宗教のワクを超え「心の相談室」発足の集いを東北大学で開いた。
 発起人は仙台市民教会の川上直哉牧師である。
 川上牧師は朝日新聞のインタビューに、心の相談室の開設に到るいきさつを語っている。

— 当初はいわば生者のための支援でしたが、やがて膨大な死者とその遺族のことを考えなくてはならなくなりました。身元不明のまま埋葬される人々、弔いさえできず自責の念に苦しむ家族。ある医師に「今ほど無力だと感じる時はない。これは宗教の領域ではないか」と言わ れたのです。
 「宗教にできることがある」と伝えたい。その一歩として「心の相談室」を支える会が発足し、活動を仙台以外にも広げることが決まりました。日本人と宗教の関係が変わるきっかけになればと思っています。    (『朝日新聞』二〇二年五月二日朝刊)

 「心の相談室」は東北大学宗教学研究室に事務局を設けた。教えを説くのではなく、現場で被災者と対話し、心のケアを試みる宗教者の専門職「臨床宗教師」の養成へと向かった。二〇一二年、東北大に実践宗教の寄付講座が設けられ、修了者たちが現場を目指した。

『日本の「原風景」を読む~危機の時代に』 藤原書店



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