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日本の原風景を読む №44 [文化としての「環境日本学」]

女神舞う、花の大滝 ― 三春

 早稲田大学名誉教授・早稲田環境塾塾長  原 剛

祈り拝げる人々
 空と大地を敢然と紅に染め、樹齢千年日本一巨大な紅枝垂れ桜(ベニシダレザクラ)、福島県三春町の「三春滝桜」が花期を迎えた。
 天空に架かる花の大滝、とてつもない花の奔流である。枝垂れる枝に三輪ずつ星形に密集、華麗の極みだ。「世の中に絶えて桜のなかりせば、春の心はのどけからまし、です」。木造二階建ての古びた町役場に、開花予想をたずねる電話が引きもきらない。そして、四月中旬の一週間余に、およそ三〇万人が滝桜を訪れる。滝桜への早朝散歩を欠かさない鈴木義孝町長だが、この季節、仕事が手につかず、業平の歌に桜守の心を託したくなるという。
 「サ」は稲など穀物の霊、「クラ」は神の座を意味する。「サクラ」とは農の神が宿る所なのだ。
 「幹に接して一の祠神明宮あり。祠の傍には更に小さなる祠あり」(大正十一年天然記念物指定時の調査讐)。この形は今も変わらない。岩手県のオシラサマと同じ棒状の人形信仰(神明様)がこの土地にも伝わり、毎年四月二十日ごろに滝桜の下で神明宮祭が催される。
 「集落の氏神が自然神への信仰と習合して、神社のような形に変化してきたのではないでしょうか」(三春町歴史民俗資料館・平田禎文副館長)。訪れる人々は陰影深い滝桜のたたずまいに神の気配を感じ、祈りを捧げると述べている。

不定根が支える千年の命
 東北新幹線郡山駅の東、阿武隈川を距てた山里、福島県三春町大字滝字桜久保が滝桜の生地である。南に開けた丘の斜面から存分に太陽を浴び、北側には安達太良山(一七六メートル)をのぞむ風避けの丘をめぐらせた万全の地形だ。
 ソメイヨシノなど栽培された桜と異なり、ベニシダレザクラは長命で知られるヒガンザクラが突然変異した野生系の種である。
 人気のソメイヨシノは百年そこそこの樹命だが、ベニシダレザクラ・滝桜は、樹齢およそ千年と推定信じがたい生命力のナゾが幹の根元の、人ひとり入れるほどの空洞(うろ)に潜んでいる。
 空洞化した主幹の内壁に沿って、家の柱ほどの太さの「不定根」が幾本ももつれ合って上方から地面に届き、がっしりと根を降ろし千年の巨木に新しい生命を与え、花の奔流を支えている。そと目には丸太の支え木なしには立っておれない老木と見せかけて、内側では幾本ものからみ合った不定根から養分を吸収し、いつ果てるともない豪勢な花の宴を演じているのだ。
 不定根は本来、根ではない。老木の幹の内側の細胞が、成長促進物質の力で分裂能力を回復し形成される、いわば根以外の器官からつくられる〝根″である。植物の不定根発生能力を生かしたのが「挿木」だ。
 滝桜は組織の一部を不定根に変化させ、平安時代から千年を超え、自らその生命を新たに支え続けているのだ。
 滝桜は大正十一年、国の天然記念物に指定された。推定樹齢千年、樹高一三・五メートル、根回り一一・三メートル、地上高一・二メートルで幹回り八・一メートル。枝は東に一一メートル、西へ一四メートル、南に一四・五メートル、北に五・五メートル張り出している。積雪と葉桜、雨の重さに備え、三〇本ほどの支柱が枝を支えている。
 四月中旬から下旬が花見時。町が高台にカメラをセットし、つぼみの膨らみ具合を刻々送信、ネットで観察できる。地元の「滝桜を守る会」が、四方に伸びた根の傍らを一メートルほど掘り下げ、毎年百俵近い堆肥を施している。
 地下の配管からは、根元に空気が送り込まれ、酸素が供給されている。

寄せ切り許さぬ心意気
 四月の三春は一万本もの桜に埋まる。うち二千本が滝桜系のベニシダレザクラだ。枝垂れの枝は横に伸び、毎年新しい枝が張りだしてくる。山あいの棚田、段々畑で、桜はしばしば農作業を妨げ、目陰をつくり、減収を招く。
 そこで樹形を主幹から南側五間、左側一〇間(一間は約一・八メートル)までに抑える「寄せ切り」が、この土地の農家のルールとされてきた。
 三春町七草木舘下の農業、渡辺茂徳さんの畑には、隣り合う神社の境内の桜から枝が伸び、日陰を作る。しかし渡辺さんは「寄せ切り」をしないよう神社に求めてきた。
 「桜は神様だから傷めないようにな」。そういう渡辺さんへ、仲間たちは枝を伸ばし放題の寺の桜が渡辺さんの畑の肥料を吸収するからと、その肥料代一五〇〇円を寄付し続けている。「養蚕が盛んだったころのマルクワという肥料一俵分の値段なんだ。もうやめなと言ってるんだけど」。
 妻のあささんも滝桜の子孫のタネを一昨年は一五〇粒、昨年は三百粒播いた。しかし遺伝子の関係でベニシダレザクラに育ったのは二本だけだった。「桜が咲くころには、いろんな人がここを訪ねて来てくれて、会うと私も元気になるんだよ」。梅の氷砂糖漬け、こんにゃく、ギンナン、あささんはすべて自家製の手料理を用意して花見の客に備える。

べニシダレザクラ、世界へ
 「三春さくらの会」前会長村田春治さんは経営する植物園に三〇年かけて、滝桜直系のベニシダレザクラ八本を育てる一方、桜の苗木を生産し、国内外へ送り続けている。
 東西ベルリンの壁の跡に、ロンドンの王立植物園へ、中央アジア・ウズベキスタンの首都タシケントの抑留日本兵の墓地、そして東日本大震災の被災地を訪れたブータンのワンチュク国王夫妻の宮殿の地へ、その美しさに魅せられた人々に乞われ、三春の滝桜は遥かな旅に出て、人々の心に感動の花の滝を架け継いでいる。

  ベニシダレのこの見事さ 美しさ 背景はあやめの空と 羊雲

 草野心平の詩碑「瀧桜」が安達太良山を望む滝桜の背後を固めている。

『日本の「原風景」を読む~危機の時代に』 藤原書店


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