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エラワン哀歌 №20 [文芸美術の森]

助七商店……湯島妻恋坂下交差点……

             詩人  志田道子

  梅の花は終わった
  路のところどころにしがみつく
  若葉の間を潜(くぐ)り抜け
  妻恋神社の坂を下って
  外堀通りに戸惑う風は
  焼き上がったばかりの煎餅の
  醤油の臭いを纏っては
  夫婦の頻を撫でて行く

      ……息子をひとり育てた……

  この頃では喧嘩もしないと
  老女は笑う
  一日中顔突き合わせていてもねぇと
  何の因果でこんなばあさんと
  老人は手を止め口をとがらせる
  一日中火に象られる額には汗も出ず
  赤銅色に干からびてはいても
  深い級に埋もれてしまった眼(まなこ)を上げれば
  瞳の奥には内気なままの幼子が
  いたずらっぼく濁りなく
  客の訪れにはにかんでいる

  梅の花は終わった
  とうのむかしに
  何するということもなく
  とっくのむかしに

『エラワン哀歌』 土曜美術社出版販売


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