エラワン哀歌 №20 [文芸美術の森]
助七商店……湯島妻恋坂下交差点……
詩人 志田道子
梅の花は終わった
路のところどころにしがみつく
若葉の間を潜(くぐ)り抜け
妻恋神社の坂を下って
外堀通りに戸惑う風は
焼き上がったばかりの煎餅の
醤油の臭いを纏っては
夫婦の頻を撫でて行く
……息子をひとり育てた……
この頃では喧嘩もしないと
老女は笑う
一日中顔突き合わせていてもねぇと
何の因果でこんなばあさんと
老人は手を止め口をとがらせる
一日中火に象られる額には汗も出ず
赤銅色に干からびてはいても
深い級に埋もれてしまった眼(まなこ)を上げれば
瞳の奥には内気なままの幼子が
いたずらっぼく濁りなく
客の訪れにはにかんでいる
梅の花は終わった
とうのむかしに
何するということもなく
とっくのむかしに
『エラワン哀歌』 土曜美術社出版販売
『エラワン哀歌』 土曜美術社出版販売
2022-02-14 11:11
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