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妖精の系譜 №18 [文芸美術の森]

ラファエル前派の画家たちとアーサー王伝説 2
 
     妖精美術館館長  井村君江

 前述のハントの『シャロットの女』は、出版社モクソンが計画した『テニソン詩集』 (一八五七刊)に付けられた挿絵として依頼されたもので、この本ではハントは七点、ミレイは十八点、ロセッティは五点担当しており、アーサー王伝説に関するものはハントの他、マクリーズの『アーサー王の死』、ロセッティの『レディ・シャロット』『ガラバッド卿』『嘆きの女たち(アーサー王の死)』等の作品である。このモクソン版のテこソン詩集への二年にわたる挿絵製作期間が、ラファエル前派の画家たちに、アーサー王伝説の世界へより深入りする機会を与えたのであろう。彼らは自らの実生活での愛や官能や憧憬を、アーサー王の人物たちを借りて表現していったようである。
 当時のロイヤル・アカデミーの中心者で、イギリス美術界のリーダー格であったウィリアム・ダイスが、一八三四年に炎上したウエストミンスター宮の再建の際に、その議事堂内のクィーンズ・ロービング・ルームの室内装飾を受けもったが、壁の絵の主題にアーサー王伝説を用いている。一八五四年まで工事は続けられており、テニソンが『国王牧歌』を執筆しているのと時期を同じくしている。ヴィクトリア時代にアーサー王伝説が復活してくるもう一つの大きな契機を、視覚の面から作ったわけであるが、ヴィクトリア時代の解釈の特色が、その七つの壁面を飾る主題の選び方に良く出ている。ダイスもまたテニソンと同様に、アーサー王を有徳の理想的人物にしており、アーサー王伝説からひろい出した七つの徳は、「宗教(ガラバッド卿の聖杯)」「寛大(アーサー王を見のがすラーンスロット卿)」「礼儀(イズールトとハープを弾くトリストラム卿)」「慈悲(婦人を敬うことを誓うガウェイン卿)」「厚遇」「忠誠」「勇気」 (以上三つ未完)であり、ここでもまた騎士道精神は、ヴィクトリア朝モラルの理想的世界として解釈されている。
 もちろんマロリーのアーサー王伝説を一四八五年に印刷したキャクストンも、すでにこの物語は気高い騎士道、「礼節、慈悲、友愛、勇気、愛、友情、腺病、殺人、憎悪、徳と罪」の世界であると言っており、ダイスが引き出した七つの徳は物語の中心ではあるが、物語に描かれている一面にすぎないことは否めない。腺病、殺人、憎悪、罪悪、裏切り、復讐、不義、恐怖、悲哀といった暗い面はもちろん公けの議事堂ということでふさわしくない主題であろうが、アーサー王伝説の重要な要素である超自然の存在、マーリンや湖の精たちはこの時取り上げられなかったのである。
 ダイスが「厚遇」の工事半ばでこの世を去り、議事堂の壁画は中断したが、これは当時大きな話題であり、一八四八年に結成されたラファエル前派の画家の一人であったロセッティはもちろんこのことを知っていたであろう。オックスフォード大学の学生会館の建物内にあるディベイティング・ホールを、建築家のベンジャミン・ウッドワードの案内で見学した時、まだ裏白であったホールの壁を見て、ロセッティはその十の壁と天井をアーサー王伝説で飾りたいと申し出るのである。ラスキンの監督の下に新しい美術館を建築中だったウッドワードは、中世趣味やゴシック礼賛者であり、材料費だけでいいからというロセッティの熱心な申し出に賛同し、大学側も許可を与えた。ロセッティは早速アーサー・ヒューズに応援を求め、ラファエル前派の仲間や同じ画風を持つ画家たちを集めて、壁画製作に一八五七年から着手した。ヴァレンタイン・プリンセップ、スペンサー・スタナップ、アーサー・ヒューズ、ウィリアム・モリスと、バーン=ジョーンズ等であった。ホルマン・ハントはこのときのことを、自分の名はパネルに書かれてあったが、壁画を制作することに、気がすすまなかったので参加しなかったと書いており、さらにこの時の画家たちが「フレスコ画の経験がなく、顔料の知識も乏しかったために彼らの作品はすぐに色擬せてしまい、今はよく残っていない」(一八五六年の手記)運命になってしまったとも記している。
 彼らの取り上げた主題を見ると、ダイスの選んだ七つの徳といったモラルの面からではなく、対照的に無視されていた超自然的要素が主として画題に選ばれていることは興味深い。「湖の糟に石の下に閉じ込められるマーリン」(バーン=ジョーンズ画)、「アヴァロンに運ばれるアーサーと湖に投げ返される剣」(ヒューズ)、「湖の精からエクスキャリバーを受けとるアーサー王」(ポーリン)、そしてロセッティの画題も「ランスロット卿が見た聖杯の幻」というダイスに排除された道徳的でない要素であり、魔術、官能、罪、裏切り、冒険といった目に見えない世界でもあった。このことはラファエル前派の画家たちの描いていたアーサー王伝説の映像の特色をよく物語るもので、テニソンの詩から出発しても、この要素とは異なった解釈であったと思う。しかし彼らの描いたモルガン.ル・フエや、ヴィヴィアンや、アヴァロンの女王たちにはみな、彼らの愛する恋人たちの映像が重ねられており、美しく官能的な魅力にみちた現実の女性たちである。真に超自然の妖しさ、不可思議な異界の雰囲気をたたえた魔性の美の女性たちは、ビアズリーら世紀末の画家たちの手で創り出されていくようである。

『妖精の系譜』 新書館


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