SSブログ

行くも良い良い、行かぬも良い良い……句会物語 №102 [文芸美術の森]

行くも良い良い、行かぬも良い良い……句会物語
こふみ会通信 №102 (コロナ禍による在宅句会 その17)
「焚火」「梟」「牡蠣」「山眠る」
               俳句・こふみ会同人・コピーライター  多比羅 孝

当番幹事(今回は三人、一遅氏、鬼禿氏&弥生さん)から連名で、下記のような≪令和3年12月の句会≫の案内が届きました。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
コロナ禍2度目の晦日が迫ってきました。
十二月こそはリアル句会の復活を、といろいろ検討したのですが、
急にまたオミクロンの出現あり。
せめて、みんなが3回目のワクチンを打ってから再開を、ということにしました。
今一息の鶴首を。
という次第で、
十二月小網句会のご案内です。

●兼題:焚火(たきび)  牡蠣(かき)  梟(ふくろう) 山眠る  
●投句締切:十二月十一日(土)
●選句結果発表::十二月二十一日(火)
いつものように、両幹事宛にお送りください。
必ず下記の両名あてにお願いします。
十二月当番幹事:矢太・玲滴

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
【上載の通知によって作成・投句された今回の全作品】は下記のとおり  14名  56句

【焚火】
霜焼けの手温めし焚火かな(玲滴)
夕焚火うしろ姿の暗さかな(矢太)
革マル闘士老いて独りの焚き火かな(弥生)
眉よせて 焚き火に見入る 父と母(紅螺)  
言葉なき手のひら熱き落葉焚(小文)
古手紙焚火の煙に手を合わす(尚哉)
焚火して 「「特定の過去」 灰にする(孝多)
おはいりよ 焚火ぬくいよ いいんだよ(下戸)
友人のカミングアウト聞く焚火(一遅)
ほろほろと言の葉揺るる焚火の夜(すかんぽ)
遠い夜の焚火燻る胸騒ぎ(兎子)
焚き火の火 赤き舌もて我笑う(茘子)
越えられぬ国境の焚火の向う側(鬼禿)
闇の底穿ちて焚火燃え盛る(虚視)

【牡蠣】
宇和海の冬の景色か牡蠣筏(玲滴)
沈黙を破れと叩く牡蠣の殻(矢太)
牡蠣割れば真珠を抱きし身のありと(弥生)
生牡蠣と 発泡ワインで 赤い顔(紅螺)
二つ三つ牡蠣割ればコツ覚えたり(小文)
牡蠣啜る骨伝導の心地よき(尚哉)
生牡蠣や すぐにお食べと 持たされる(孝多)
褒められも貶されもせず牡蠣フライ(下戸)
漁師宿牡蠣打つ音や瀬戸の朝(一遅)
岩牡蠣のぷりり口中鉄臭き(すかんぽ)
湯気ふわり牡蠣ふるふると踊る夜(兎子)
かき鍋にどっぷり浸かる 夕餉かな(茘子)
生牡蠣の つるり螺鈿の舌触り(鬼禿)
剥きたてに命の残滓夜の牡蠣(虚視)

【梟】
梟の声ボーボーと闇の中(玲滴)
梟や後ろの正面だあれ(矢太)
落人や椎葉の村に梟の鳴く(弥生)
首まわし 満天の星 見る梟(紅螺)
かはたれの梟もまた欠伸せし(小文)
梟に逢いたいカムイと崇めたい(尚哉)
梟の 見えねど聞こゆ いと淋し(孝多)
梟の仮面かぶりて生きている(下戸)
夜の流れ梟の声聞いており(一遅)
梟に一部始終を見られけり(すかんぽ)
森の窓あけて放って梟の夜(兎子)
梟啼き 天より降りる霜の網(茘子)
梟に訊く朽身ひとつの収め方(鬼禿)
文庫本連れ梟の住む森へ(虚視)

【山眠る】
馬の背を渡る影無し山眠る(玲滴)
山眠る永遠に目覚めることなかれ(矢太)
草も木も虫も獣も山眠る(弥生)
山眠る ヒーターの音 腕枕(紅螺)
山眠り雲上の湯に浸かりをり(小文)
山眠る届くは欠礼葉書のみ (尚哉)
山眠る 万物しずかに 憩うとき(孝多)
槍かくし夕陽をまとい山眠る(兎子)
ヘラジカと目が一度合う山眠る(下戸)
山眠り朝餉の煙り子らの声(一遅)
再起動ボタンを押して山眠る(すかんぽ) 
山眠る木霊も眠る山彦も(茘子)
知る顔もなき故郷の山眠る(鬼禿)
群青の空月白き山眠る(虚視)

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
【天句の鑑賞】
「天」に選んだ句とそれに関する鑑賞短文を簡潔に書くというこふみ句会の約束事。

●夕焚火うしろ姿の暗さかな (矢太)
鑑賞短文=上5の『夕焚火」に、そんな意味があるとは、お恥ずかしいことですが、全く、知りませんでした。詳しくは、今回のブログのラストページに書かせていただきました。有難うございました。(孝多)

●革マル闘士老いて独りの焚き火かな(弥生)
鑑賞短文=焚火の明かりに照らし出された顔の深いしわに過去が浮かぶ、映画のワンシーンを見るような句だと思いました。(玲滴)
鑑賞短文=恐らく、友人達は亡くなってしまったか、行方知れずなのだろう。冷気が背中から突き通ってくる。「灰とダイヤモンド」でチブルスキーが亡くなった友人の名前を言いながら、酒に火を付けて行くシーンを思い出した。(虚視)

●沈黙を破れと叩く牡蠣の殻(矢太) 
鑑賞短文=頑なな牡蠣の姿に、自らの姿を重ね合わせる。このままでいいのか、そろそろ動き出せよ。そう問いかけているよう。(兎子)

●褒められも貶されもせず牡蠣フライ(下戸)
鑑賞短文=牡蠣フライの立ち位置をうまく言い得て妙。僕は、生牡蠣も、牡蠣鍋も、もちろん牡蠣フライも大好きです。(舞蹴)

●剥きたてに命の残滓夜の牡蠣(虚視)
鑑賞短文=夜の牡蠣=命の残滓(残りかすの意)この句の真意は作者の知るのみだが、読者(鬼)は勝手に一番いい句だと感じて抜いた。「剥」「残滓」「穿ち」が仮名表記だったらどうだったろう。17文字の詩の機微である。(鬼禿)

●梟の声ボーボーと闇の中(玲滴)
鑑賞短文=メルヘンチックでもあり怪談のようでもある。素直な句であるがゆえに読み手の想像を膨らませてくれる句だと思います。(弥生)

●山眠り雲上の湯に浸かりをり(小文)
鑑賞短文=・・・・天空の城にて唯我独尊。豪快な、豪快な句です。(尚哉)

●知る顔もなき故郷の山眠る(鬼禿)
鑑賞短文=晩年、放浪の先にたどりついた冬の故郷が心に響く。「知る顔もなき」は、浦島太郎の寂莫感を想起させて面白い。(一遅)

鑑賞短文=訪れた故郷はかつての姿をとどめていなかった静かな山々に寂しさがつのります。。。ささります!(紅螺)

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
≪今月の秀句≫

天句  知る顔もなき故郷の山眠る(鬼禿) 26票
地句 革マルの闘士老いて独りの焚火かな(弥生) 19票
人句 夕焚火うしろ姿の暗さかな(矢太) 17票

おめでとうございました。以上、上位作。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 
≪幹事より、ひと言≫

●本来、句座は句を選んで鑑賞し合う場です。
個人の総得票を計って詠者を称えるのは、ちょっと違うんじゃないか。
兼ねてからのこんな思いから、詠者の天地人は顕彰しないことにしました。
当月幹事矢太の、一存一案です。(矢太)

●天句鑑賞には、その句を選んだ人の想像力や世界観が見えて、いつも面白いと思っています。選句者は時に作者以上に世界を広げてくれるものだと思いました。あゝこの人、私と同じもの見たんだとか、同じ時代を生きたんだなあとかと思うと、句も作者も愛おしくなりますね。(玲滴)

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 
≪孝多より≫ 鑑賞短文の続きです。

有難うございました。「夕焚後ろ姿の暗さかな」の句から私・孝多は、いろいろ教えていただきました。

はじめ、この句に出会ったとき、「夕焚火」のことを単なる「夕方の焚火」と思って、深く考えることを致しませんでした。
ところが、あとになって、なんだか気になって来て、歳時記を当たってみたところ、何とまあ、下記のとおりです。驚きました。知らぬは孝多ばかりだったのでしょうか。

●『日本大歳時記』(講談社)には次ぎのように出ています。
焚火(たきび)
  落葉焚(おちばたき) 朝焚火(あさたきび) 夕焚火(ゆうたきび)
  夜焚火(よたきび) 焚火跡(たきびあと)
【解説】寒い日、戸外で暖を取るために焚く火のこと。大工や土方や樵夫、漁夫など寒い時でも外で働かねばならぬ人たちが暖を取るための朝夕の焚火、社寺の境内や庭での落葉焚、また山野での野性的な大焚火。焚火はまた庶民にとってなつかしい団欒(だんらん))の場でもある。

●『読本・俳句歳時記】(産調出版)には、次ぎのように説明してあります。
焚火(たきび) 落葉焚(おちばたき) 朝焚火(あさたきび) 夕焚火(ゆうたきび)寒い日、戸外で暖を取るため、落葉や廃材などを集めて焚く火のこと。「焚火」の中に、餅やサツマイモを入れて食べることもある。戸外で働く人たちは、「朝焚火」を囲んで一日が始まり、「夕焚火」をして仕事が終わる。社寺の境内や民家の庭での「落葉焚」は、人々の団欒の場である。これらの光景も、現在は減った。

●焚火にも、いくつもの段階や区切りがあるのですね。しかも、それがみんな、それぞれに「暖(だん)を取るための行為(こうい)だった」とは。

しかし、しかし、それとは知らずに、この句に接したメンバーが私以外にも居たとすれば、誠に失礼なことでした。この季語を兼題として選び出した幹事さんに対しても無礼でした。どんな兼題に対しても、まともに取り組んだ各位に対しても、「先ず歳時記に当たってみる」という「マナー無視」が問題になります。また、他人や仲間が作った句に対しても申し訳ないことです。……と、気がつきました。

上記のように「夕焚火」から私は、いろいろ教えてもらったのです。あ~。良かった。良かった。調べて良かった。皆様は如何お考えですか。

いよいよ大晦日。来たるべき年が素晴らしいものでありますよう、心から祈念申しあげます。

                          令和3年12月吉日
                                     多比羅 孝多



nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。