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妖精の系譜 №17 [文芸美術の森]

ラファエル前派の画家たちとアーサー王伝説 1

     妖精美術館館長  井村君江

 またテニソンはこのアーサー王の物語の世界を、単にマロリーや古文献の知識からのみ描いたのではなく、実際に自分の足と目で、アーサー王伝説の世界として知られるコーンウォールの地を、アーサー王の生地といわれるティンタージェルから最後の戦いの地キャメルフォード、ベンザンスを経てランズ・エンズ、そして、トリスタンの国リオネスとして知られる、シリー諸島まで訪れて確かめている。テニソン五十一歳の一八六〇年九月の小旅行に加わっていたのが、ラファエル前派の一人、三十三歳の画家のホルマン・ハントであった。その他に、『黄金詞華集』(一八六一)の編者で美術評論家でもあったウィリアム・パルグレーヴ、二十二歳の若い画家ヴァレンタイン,プリンセップ、そして『国王牧歌』初版の表紙絵とデザインを担当したトーマス・ウールナー(当時三十四歳)らが参加していた。ハントの手記やテニソンの日記からこのコーンウォール小旅行、二週間余りの道中がうかがえるのであるが、海の好きなテニソンが、数年前いそいで海を見ようとして車から降りる際に足をくじいていたので、足をいたわるため犬に引かせた車(ドッグ・カート)に乗り、そのあとから若い画家たちがキャンバスをかかえて従うという一行は、昼は海を絵に描き、ノートにとり、夜はパイプの燻と共にアーサーの物語について話し合うといった、騎士の冒険にも似た「アーサー王伝説」探求の旅だったようである。
 このときの成果は、テこソンの詩の海の描写などによく表われており、ウールナーの彫刻作品の女王グウィネヴィアの大理石の像や、『国王牧歌』の挿絵の中にもその成果はうかがえる。また一方で、ラファエル前派の画家たちの画題となっていくアーサー王伝説は、テニソンの作品が大きな創造源となるのは、実際にテニソンの詩を読んだり、挿絵を依頼されたためもあろうが、さらにはこのアーサー王探求の旅に加わったホルマン・ハントたちが一つの大きな橋渡しの役を務めていたことも考えられるのである。またこの旅の途中、ティンタージェルでウールナ1は友人の画家ジョン・インチボルドに出会うが、このとき詩人アルジャノン・スウィンバーンが一緒で、二人はアーサー王の昔を求め、スウィンバーンなどはよじ登った崖から足をすべらせたりしながら熱心に創作の素材を得ていた。インチボルドのティンタージェルを描いた絵は、二年後にロンドンの展覧会に出品されてラスキンの賞讃を得、一方スウィンバーンは一八八一年長詩『リオネスのトリストラム』を
発表することになる。テニソンに非難されたトリストラムとイソルドの許されぬ恋を、スウィンバーンは罪と認めながらも、「そして二人の四枚の唇はもの言わぬ一つの口となった」という表現を用いて、愛に死んだ殉教者たちとして讃美している。
 ラファエル前派の画家で詩人であったウィリアム・モリスも、テニソンが不義として非難するグウィネヴィア王妃のランスロットへの愛を、『グウィネヴィアの弁明』という作品の中で同情をもって描き、裁きの庭でなぜどのようにランスロットへ心を捧げたか、自分の愛の軌跡を弁明させている。ラファエル前派の画家や詩人たちにとって、アーサー王の世界は騎士道精神だけでなく、美と官能にあふれる「宮廷恋愛」の世界でもあった。このため騎士たちが献身的愛を捧げる相手として、王妃グウィネヴィアが官能美の象徴のように、もっとも多く画題に選ばれているのは肯ける。
 一方、まだ未成熟の清らかな愛を、ランスロット卿に捧げて死んでいったエレインが、純潔の象徴としてヴィクトリア時代には好まれ、さまざまに描かれている。死の間際に一人、ローソクのともった小舟に乗って川を流れ行く清らかな乙女の姿を描いたジョン・ウォーターハウスの絵画はよく知られているが、テニソンの『シャロットの女』の詩をもとにしたラファエル前派のホルマン・ハントの絵も、エレインの他の場面を描いた代表作であろう。清らかな処女のシャロットの乙女は、機織りの手を止め、窓外のランスロットの馬上の姿を恋い慕う。それは実際の窓か - ハントのスケッチでは中央の鏡に八面の小鏡がつけられて、影の世界が強調されている。鏡の虚の世界にあき足らず室外の実の世界を憧れたために、呪いによって鏡が瞬間に砕け、織物の糸が切れた運命の糸のように飛びもつれるなかにたたずむシャロットの女の姿は、現実の女人像であるのに、室内の雰囲気と相まってかえって湖の乙女の一人のように妖しい魔術的な魅力をたたえている。
 湖の精たち超自然の女性たちはあまり多く画題に選ばれていない。わずかにフレデリック・サンズの『モルガン・ル・フェ』の立像があり、ちょうどハントの『シャロットの女』に暗示を受けたかのように、糸をかけた織物機を背景に、緑の服に蛇の模様をあしらった黄色の前かけと豹の皮をつけ、両手をのばして火のともったランプを捧げ持って立っているが、壁ぎわの椅子にかけた織りあげたばかりの毒のついた魔法のマントを、ひきつった表情で眺め、足元には魔法の本が落ちているので、このマントをアーサーに贈って殺害しょうと企てている場面であることがわかる。
 また、アーチャーは死にかけたアーサー王を木陰で見守る三人の湖の女王を描いているが、金の規に青や金糸のマントをつけた女王たちにはあまりアヴァロンの神秘性はなく、美しい現実の女性と言う他はない。バーン=ジョーンズの『マーリンの誘惑』は、官能的にマーリンを誘うように身をくねらせて秋波を送っているヴィヴィアン(ニミュエ)とその姿に見とれているマーリンである。この絵からはメアリー・ザンバコという女性の虜となり、肉欲に陶酔していた実際のバーン=ジョーンズの自嘲的な姿が浮かんでくるようである。

『妖精の系譜』 新書館


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