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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」 №72 [文芸美術の森]

                         歌川広重≪名所江戸百景≫シリーズ
           美術ジャーナリスト  斎藤陽一
                           第23回 「深川木場」

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≪雪の降る抒情≫

 今回は、広重の「名所江戸百景」シリーズ中の「深川木場」(第107図)を取り上げます。雪が降りしきる深川の木場を描いた作品です。

 広重は連作「名所江戸百景」(全119図)で、江戸の春・夏・秋・冬という四季、そして雨や晴天、雪といった天候の変化、さらに朝・昼・夜という時刻の変化をとりどりに描いています。そんな江戸の四季折々の移ろいを見ているだけでも楽しいもの。
 「東海道五十三次」シリーズでも指摘しましたが、広重絵画の持ち味は、独特の哀愁と抒情をたたえた俳味ある世界の表現です。とりわけ、「雨」と「雪」の情景は、そんな広重の持ち味を最もよく感じさせてくれます。「東海道五十三次」シリーズ中の名作と言われる「蒲原夜之雪」は夜の雪景色ですし、「庄野白雨」は夕立の情景です。

 「名所江戸百景」シリーズ中の「おおはしあたけの夕立」も突然の夕立を描いて名作との評判が高い作品です。
雪の情景を描いたものでは、既に「日本橋雪晴」と「浅草金龍山」、「深川洲崎十万坪」を紹介しました。

 「名所江戸百景」シリーズの中には、これらを含めて、雪景色を描いた作品が8点あります。この連載で紹介できなかった4作品をまとめて下図に示しておきます。
 左から順に「目黒太鼓橋夕日の岡」「愛宕下藪小路」「びくにはし雪中」「湯しま天神坂上眺望」です。

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≪木場の雪景色≫

 あらためて「深川木場」(右図)を見てみよう。72-6.jpg

 濃紺の空からは雪が降りしきり、木場は静まり返っています。「木材」を構成の主役として、安定感とともに変化をつけた構図は、木場の特徴を巧みに生かして見事です。
 濃紺の空からは雪が降りしきり、木場は静まり返っています。「木材」を構成の主役として、安定感とともに変化をつけた構図は、木場の特徴を巧みに生かして見事です。

 川面に浮かぶ筏と材木が作る「水平線」、左端の真っ直ぐに立てられた材木が作る「垂直線」、さらに左側と右側に斜めに置かれた材木が作る「対角線」、これらが画面に安定感と変化をもたらしているのです。
 これらの材木が作る構図の中で、水路は蛇行しながら奥へと延びている。水路の先は濃紺にして、空と同化しているような感じを出している。まことに奥行きのある情景となっています。
 この絵の基本的な色彩は「青」と「白」。手前の水面は明るい青にしていますが、水路の奥と空の色は濃紺。これにより、空から絶え間なく雪が降りしきる風情を鮮やかに表現しています。わずかに黄色(傘)と赤(題字と署名)を加えて、白と青の世界にアクセントをつけている。巧みな構図、洗練された色彩、そして雪の日の森閑とした木場の情緒・・・名作のひとつと言えます。

≪「名所江戸百景」の終りに≫

 「名所江戸百景」シリーズは、刊行されるや江戸で評判となり、広重晩年のヒット作となりました。

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 このシリーズは全部で119図ありますが、そのうち1点は二代広重(娘婿)が描いたもの(第49景「赤坂桐畑雨中夕けい」)です。
 広重自身が描いた118点の舞台は、必ずしも江戸っ子たちに知られた名所ばかりではありません。「名所江戸百景」と銘打った連作ではあっても、広重が意欲を燃やしたのは、定番の名所絵を作り出すことではなく、愛する江戸の風物を主題にして存分に自分のデザイン力を発揮することだったと思います。
 そしてそこに、「安政大地震」で甚大な被害を受けた江戸の町の復興への祈りを込めました、
 だからこそ、当時の江戸の人々の琴線に触れ、新鮮な“名所絵”として受け入れられたのです。それだけではなく、広重が創り出した江戸のイメージは、現代の私たち日本人の心にも刷り込まれ、私たちが江戸を思い描くときの原風景ともなっているのです。

 広重は、連作「名所江戸百景」刊行(安政3年~4年)の翌年、安政5年(1858年)9月に、江戸に流行したコレラに感染し、67年の生涯を閉じました。

 これで、歌川広重の代表作「東海道五十三次」と「名所江戸百景」から選んだ作品の紹介を終わりとします。紹介し切れなかった作品は沢山あるのですが、近年、しばしば「浮世絵展」が開催されていますし、広重の画集等も出版されていますので、どうぞご自分で楽しんでください。

 「琳派」から始めたこの連載「日本美術は面白い!」シリーズ、次回は第73回になります。次回からは「喜多川歌麿」の浮世絵を取り上げて、歌麿ワールドにお誘いしたいと思います。
                                                                  (次号に続く)
 川面に浮かぶ筏と材木が作る「水平線」、左端の真っ直ぐに立てられた材木が作る「垂直線」、さらに左側と右側に斜めに置かれた材木が作る「対角線」、これらが画面に安定感と変化をもたらしているのです。








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