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梟翁夜話 №101 [雑木林の四季]

科学の越権

      翻訳家  島村泰治

1950年代半ばに留学したアメリカの大学で、ある書物を紹介されて読んだことがある。今になっては著者も書名も定かでないが、内容は科学と宗教で、若年の上に未だ語学力がいまいちの私にはその命題がやや重く、話を充分に咀嚼できなかった心許なさが残るのだが、その時に交わした彼との雑談の経緯がじんと心に沁みるものだったことは、今更に歴然と覚えている。

心に沁みたとは、かう云ふことだ。ひとつには彼が頗(すこぶ)る付きのキリスト者で、遠来の東洋人に伝道者さながらの布教めいた意図があったらしかったこと、また折から右肩上がりの好景気に酔うアメリカ国民の挙動に潜む精神性の劣化を彼が憂えてゐたこと、科学の負の一面たる広島長崎の経験を精神性の高い日本国民がどう受け取ってゐるかを知りたい思ひからか、彼が大真面目に日本人の私に問ひ掛けて来たのである。

大仰なテーマの書物を紹介したのはその為の橋渡しで、例の雑談で彼は原爆投下に触れて、科学はパンドラの箱を開けたと批判、その因果について聞き手の私を労わるが如く言葉を選んで語った。キリスト者として慚愧(ざんき)に耐えぬとまで言って、あれを科学の越権行為と断じたのだ。原爆投下は終戦への道を早め一層の人災を避ける英知だとのアメリカの常識を唾棄しながらも承知してゐた私は、彼の言葉に注意深く応じながら、彼の吐く言葉に科学の本義について憂うるひとりのアメリカ人の良心の証しを垣間見て、ほっと安堵したのを覚えてゐる。

実は、本稿を綴り起こした動機は他にあった。ある一件から科学と宗教という命題が浮かんだ瞬間に、不図留学時のあの一件が思い出されて懐かしさもあり、戯れに本稿のマクラに据えた次第。パンドラの箱云々然り、直近の数々の例を見れば、科学が人の道を超えて僭越極まりない所業を恣(ほしいまま)にしている様が分かる。科学には疎い私だが、こと宗教やら人の生き様に触れることとなれば、ずんと神経を甚振(いたぶ)られる思ひがするのだ。

その一件とは、他ならぬコロナの蔓延を抑えんと開発されたワクチンの播種に至る経緯だ。mRNAと言われるこのワクチンは、常識的な臨床データを欠いた机上の産物で、後に触れる遺伝子組み換えなる異形(いぎょう)の技術が生み出した薬ならぬ薬だ。異形とはまったくの門外漢である者が弄する妄言ならんとは云ふ勿(なか)れ。私ならずとも、生物の遺伝子を操作すると称してこれを弄ぶ所業は、人の法(のり)を超えた行ひでなくで何だらうか。

神話を紐解けば随所に語られる造化の技は、生き物の成り立ちが全て神業(かみわざ)である神意の示唆であり、ひととして触れてはならぬ聖にして秘なる部分の存在の証しに他ならない。現代人とくに科学者と自称する輩(やから)は、悪魔の呼び声に惹かれてか、何と、誇らしげに神の業に手を染めて功を競ってをる。浅ましき限りだ。

神が定めた生物組成の成り立ちを弄(いじ)ることを、遺伝子組み換えと俗称して嬉々として研究に励む科学者たちの姿が、先ず私の神経に触る。ナノの世界に踏み込むのは許せる。が、ものの組成を超えて機能までも操作して本来の姿を変質するに至る僭越や如何。万物を創った造形主の思惑を恣意的に組み替えるとは、将に神を恐れぬ仕業と呼ばずに何と呼ばうや。

たかがワクチンではないか、と難じる向きがあれば、操作と称して小動物の遺伝子を組み替えて、その亜流を創る狂気を如何弁護するや。クローンと称して生き物を創造する技を科学的成果と燥(はしゃ)ぐ神経を、狂人のそれと言わずして何と言ふべきや。

この忌むべき科学的進歩がさらにステップアップすれば、いつの日にか科学者なる狂気の者たちは密かに、否、公然と人間を造化して、ここに病知らずのひとが生まれりと、傲然と胸を張るやも知れぬ。嗚呼、憂うべきは科学の行く末、恐るべきはそれを牛耳る科学者を名乗る狂気集団の尽きぬ思ひ上がりか。

それでも、私は一縷の望みは捨ててはをらぬ。よしんば科学者たちの覚醒は望めずとも、ある日ある時、神が突如目覚めてひとの愚かさを劃然として名指すであらう、と。狂気への報ひにひとを痛めぬまでも、科学者よ狂気はならぬぞよとの諭しを垂らし、それとなく彼らに自律的に悟らしめるだらう、と、密かに願ってをる。

思へば、友人のアメリカ人は床しかった。自らの母国の振る舞ひを反芻する智慧があった。その命ずるまま原爆投下を悔やみ、言葉を選んで日本人に頭を垂れた。神への畏敬の念が籠る彼の言葉を、今にして瞭然として思ひ出す。その思ひに沿ってか、持って生まれた遺伝子を組み替えられてなるものか、と私は新コロのワクチンを頑なに拒んでをる。


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