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エラワン哀歌 №15 [文芸美術の森]

忘れていたもの

     詩人  志田道子

 電車が鉄橋にさしかかると
 明るい銀鼠色が
 目の前いっぱいに広がった

 誰も未だ
 春のことなど思い出してもいないうちに
 鋭い太刀が斬り裂いていた
 その真一文字の切口にだけ
 日の光が射し込んで
 水平線がどこまでも続いていた

 空も
 河口も
 薄雲鼠色
 河の真中を
 扇子をだんだんと広げて行くように
 白波の航跡を従えて
 貨物船が音もなく
 海に出て行こうとしていた

 男は吊革にぶら下がって
 片手でコートの胸の釦を確かめ
 目を細める

 ずいぶん長い間
 使うことのなかった
 肩甲骨の間の
 翼の根っこが疼く
 こんな静かな
 昼下がりには

『エラワン哀歌』 土曜美術出版社販売


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