日めくり汀女俳句 №94 [ことだま五七五]
十月六日~十月八日
俳句 中村汀女・文 中村一枝
十月六日
落つる日のはなやぎを得し時雨窓
『汀女句集』 時雨=冬
街のコーヒーショップで隣の席の女の子の話し声。
「平成に生まれた子が中学生になるんだよ。八九年だからね、あたしらもおばんよ」
二十そこそこの女の子だった。
「そうだよね、あたしら平成のもとを知ってるからね、ショック」
平成のもとって何だろう、と思っていると、片一方の手を突き出して、「ね、これ、平成のおじさん、あの人よかったよね。今はだめだよ」「だめ、だめ、だめ」
昭和のおばあさんは思わず笑い出しそうになってアイスコーヒーをすすった。
十月七日
自転車が退(の)けとベルしぬ芋の道
『汀女句集』 芋=秋
自転車を買い換えた。自転車に乗れるようになったのは四十歳。二度目の買い換えである。特売中の自転車売り場を歩いて見て、思いがけず値段の高さに驚き、さらに26インチの自転車がほとんどだったのに気がついた。今までの24インチのに比べるとかなり大きく見える。「今の若い女の子は脚が長いからね。26インチも27インチも乗れるよ」
夫が皮肉っぼく言う。私の身長は一五八センチ。昔だったらまずまずの背。脚が短いと言われてはこけんにかかわる。絶対26インチに乗ってやる。それにしても今どきの女の子の脚、うらやましい。
十月八日
曼珠沙華(まんじゅしゃげ)抱くほどとれど母恋し
『春雪』 曇珠抄華=秋
大正十年十月二十七日の「九州日日新聞」に斎藤汀女の名で随筆が出ている。「初秋の郊外」と題するもので、二人の女性の手帳か ら、と添え書がある。内容は杉田久女が江津の汀女の家を訪ねてきた話である。
……立ち上っていらした久女様が「秋の水つて句がお出来になりませんか」「ええ」私は出来さうで又出来なかった。楓ばかりの土手の下小さい堰(せき)がある、折から散る病葉(わくらば)を受けて水が音もなく吸ひ込まれて行く。水の面すれヽさし出た楓が真青に映ってうすぐろい藻(も)の隈(くま)を小魚(こざかな)がちろちろかくれる。
……往年の汀女の名随筆をほうふつとさせる。
『日めくり汀女俳句』 邑書林
『日めくり汀女俳句』 邑書林
2021-11-29 19:09
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