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日本の原風景を読む №38 [文化としての「環境日本学」]

5 里山―懐かしい里山を訪ねる 2
 
   早稲田大学名誉教授・早稲田環境塾塾長  原 剛

棚田に刻まれた先人の営み

 田中 棚田一枚の形は、三角であったり丸であったりで機械を使えず、手作業が多くなります。その上、強湿田なのでコメ以外の作物を作るのがむずかしいです。棚田からはヤジリや住居跡が見つかります。大昔からこの土地に人々が住んでいたのです、私はここで生まれ、育ちました。小学生のころからコンバインを動かしたりして、やっぱり一生ここで仕事をするのがいいかな、と子どものころから思っていました。

 田中さんは高校から農業大学校を絶て、八年前に就農した。五ヘクタールの田を耕すが、そのうち四ヘクタールは五〇か所に散在する借地や作業委託地である。

 田中 棚田も農政に散々振り回されてきました。減反、転作、条件不利地への直接支払い。 しかし補助のやり方が散漫です。やる気のある者に集中して、農業機械など資本の整備をしっかりさせる。そうすれば棚田は担い手のもとに集まり、保たれていくでしょう。

 JA十日町は「安全、安心の米作り」のため〃土の診断〟を徹底させ、化学合成農薬、肥料の使用量を今までの基準から三〇パーセント減らす運動を進めている。刈り取った稲の茎と葉はその場で細かく砕かれ、有機肥料としてすき込まれていく。
 蛍やアキアカネ(トンボ)が舞い、ヤゴ、メダカが泳ぐ松代・松之山の棚田産コシヒカリは「棚田ロマン」、他の十日町産の高品質・高食味米は「魚沼ロマン」のブランドで日本一の高価格で取引されてきた。
 NHK大河ドラマ『天地人』の導入シーンに登場した星峠の棚田を始め、儀明(ぎみょう)、仙納、蒲生、狐塚、犬伏など松代、松之山の山あいには、訪れる者を惹きつけてやまない里山の原風景である棚田が連なる。
 なぜ人々は棚田に思いを寄せるのだろうか。
 人と自然の営みによって築かれてきた棚田の風景に、先祖の暮らしにつながる懐かしさ、心を奮い立たせる先人の努力の成果を読み取り、共感を覚えるからではないだろうか。
一五回目の「全国棚田(千枚田)サミット」が温泉郷でもある十日町で開かれた。迎えた地元からの言葉は「雪の雫が育ててくれた棚田。湯(ユー)、米(マイ)、心(ハート)のある十日町で待ってるすけの~」だった。

畦畔が描く棚田の美しさ

 畦畔(けいはん)。あぜ、くろとも呼ばれる。田んぼを区切る境目の土盛りのことだ。石積みも多く、日本中の総延長を合わせると万里の長城に等しいと言われる。繁茂する草を刈り払い、手入れされたすっきりと弧を描く畦畔があってこそ棚田は美しい。
 JAなどによる「魚沼米憲章」は「農道や畦畔は、草刈りを基本とすること」と定めている。除草剤など農薬を使わないように、との生産者の申し合わせである。
 稲への影響もさることながら、畦畔に生息する多様な生物への配慮からである。
 農政は米の生産農家に対する助成に、農業の持つこのような自然、環境保護の働きへの評価額を含めている。そのためには田んぼによる環境保護への貢献を金銭に換算することが求められる。
 民間の稲作研究所の稲葉光園理事長は、水田二〇アールの畦畔管理費を、年に五回の草刈りの労賃と燃料、機械の償却費とを合わせ一万円と見積もっている。
 安全な畦畔をたどり、田んぼが培う生物の豊かさを学び、冬も水を落とさない堪水によって、田んぼに住み、餌をとる水生生物や渡り鳥の生態を観察する。パネルや解説板を多用して田んぼと背後の森からなる生態系を学ぶ。このような棚田の風景は、〝効率と安さ〟 にふりまわされてきた生産や消費のあり方を、自然と人の共生から考え直し、私たちと動植物のいのちのつながりを学び、実践する教室になるはずだ。
 それは私たち-一人一人が秘めている内なる自然が、大自然の息吹き、生命の潮流に合流していることを実感し、のびやかに生きる力と知恵とを得る機会になるであろう。

温泉と雪が育てるカサブランカ

 信濃川のほとりから河岸段丘を山側へ。広々とした段丘の平地には人参、アスパラガス、中玉トマトの畑が広がる。冬から春にかけて栽培される青菜「城之古菜」の栽培も盛んである。
 冷涼な山あいでは純白の大輪ユリ、カサブランカが、さらに標高が高くなるとシャクナゲやオミナエシなど宿根草が作られ、きのこ、なかでもエノキ茸の栽培が盛んである。魚沼産コシヒカリ、エノキ茸、カサブランカは共通する白い色から「スリーホワイト」と呼ばれ、十日町の特産品とされている。
 人気のカサブランカを施設で栽培している根津一男さんを、標高三〇〇メートルの中里に訪ねた。初冬だというのに人の背丈に迫ろうというカサブランカが、大きなツボミをたくさんつけて勢いよく直立している。
 -三〇年ほど前にスカシユリの球根づくりを始めました。だが農産物の自由化で、オランダ産の球根に市場を奪われました。そこでオランダから小さい球根を安く輸入して、一年かけて大きく養成し、二年目にこうやって切り花にします。輸入ー作球と称していますが、国産に近いですよ。コシヒカリと同じで、ユリの花も、標高差があって、昼と夜の気温差が大きいほうが強く育ち、色が鮮やかになります。
 ハウスには近くの温泉からお湯を引いて暖房している。日本三薬湯の名湯、松之山温泉に近い土地柄ならではのエコ暖房である。
 JA十日町の構内にあるカサブランカの出荷作業場は、三月の彼岸に室内のおよそ二万の!を天
井まで雪で固め、九月いっぱい雪の冷熱で作業し、花の鮮度を見事に保っている。十二月中旬から四月中旬まで、平均積雪約二・五メートルの根雪となる自然条件を生かした、こちらはエコ冷房である。
 窓辺を飾るカサブランカに秘められた「温泉と雪」の恩恵。十日町ならではの、自然に連なって生きる暮らしの知恵を感じさせる。

『日本の「原風景」を読む』 藤原書店


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