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妖精の系譜 №15 [文芸美術の森]

英雄を育て、その愛人でもある湖の貴婦人(ダーム・ヂュ・ラック)

       妖精美術館館長  井村君江

 ランスロットの保護者はラ・ダーム・デユ・ラック(湖の貴婦人)といわれる。彼の父ベンウィックのバン王は落城を目の前にして、妻ヘレンと幼いランスロットを連れ、脱出するが、その夜、悲しみのあまり倒れ息絶えてしまう。王を介抱しようと、王妃がランスロットを草の上に置いて王のもとへ走り寄り、振り返ったとき、我が子は見知らぬ美しい女の腕に抱かれていた。次の瞬間その女の人は湖に飛び込んでしまう。この女が湖の精(ダーム・デユ・ラツク)である。ダーム・デユ・ラックは、ランスロットを湖の館で養育し、礼儀作法、武芸を身につけさせ、十八歳の若者になったときアーサー王の宮廷へ連れていく。ダーム・デユ・ラックが湖に住んでいることは、ケルト神話のメイドランドの女王で、戦いの女神であるヴァハや、英雄ク・ホリンに武芸を仕込み、魔の槍ゲーボルグを与える女戦士スキヤサバにも類似している。

 アーサー王に魔剣エクスキャリバーを湖の中から捧げて与えるのも彼女であり、最後にベディヴアが投げ返す剣を受け取り湖に沈んでいく。その湖の下の館をマーリンは「湖のなかには岩があり、そのなかは地上に見られぬほど美しいところで、豪華な調度も整っている」と説明しているが、この湖は実は魔法の力で、砂漠のなかの蜃気楼のように、館のまわりを湖のようにみせ、人を近づけないようにしたまやかしの湖であるとも説明されている。ダーム・デュ・ラックは、ケルト系の「フェ」であり、妖精の保護者、妖精の母親であり、妖精の愛人でもある。
 『マーリンの予言』の中で、このダーム・デユ・ラックとモルガン・ル・フェとをマーリンが比較し語っているところがあるが、非常に対照的な性質であるので、便宜上次のように並べてみよう。

    ダーム・デュ・ラック                   
(1)良い性質、天国に近く生まれる。         
(2)良い事を行う。                          
(3)騎士を苦境より救う。                    
(4)孤児を育てる。                          
(5)ランスロットを育て、狂気になった彼を助ける。
(6)エクスキャリバーをアーサー王に授ける。

    モルガン・ル・フェ
(1)情熱と火の子。
(2)悪を企てる。
(3)騎士を困難に陥れる。
(4)孤児を試そうとする。
(5)アーサー王の命と王位を狙う。
(6)エクスキャリバーと保身の剣の鞠を奪おうとする。

 このようにダーム・デュ・ラックはさまざまな素質に恵まれ、美しく魔術にもたけ、性質も穏和で、騎士の守り神的存在になっている。しかし騎士を育て守るのは、自分の恋人にして異界の楽園へ連れ去るためである。従って常若の国からやってくる妖精の女王ニアヴなどと、非常に似通った映像になっているようである。
 モルガン・ル・フェは、ダーム・デュ・ラックと対照的であると同時にマーリンとも非常に対照的な存在になっている。マーリンがアーサー王の誕生に関係したのに対し、モルガン・ル・フェは彼の最期に関係し、マーリンが終始アーサー王に仕え艮き助言者となって力を貸したのに対し、モルガン・ル・フェはアーサー王を憎み邪魔をし、殺害しようと企てる。しかし傷ついたアーサーを、アヴァロンの島へ運んでいくのはモルガン・ル・フェである。一見相反するこの行為は、妖精が本来持っている気ままさからきているともとれよう。
 アーサー壬の伝説では、モルガンはティンタージェル公とイグレーヌの三女にあたり、アーサー王の異父姉になっている。尼僧院で魔術を身につけ(一説にマーリンより教わり)、「妖姫モルガン」(モルガン・ル・フェ)と呼ばれている。フランスの中世ロマンス『デンマーク人オジエ』にも登場し、モルグ・ラ・フェと呼ばれ愛人であり友人ともなっているが、オジエをアヴァロンに連れていきアーサーに会わせることになっている。またモルガンとジュリアス・シーザーの間にできたのがオベロンだというように、多くの人たちと関係させられている。
 モルガンがアーサー王伝説に登場するのは、モンマスのジェフリーが十二世紀頃に書いた『マーリン伝』の中であるが、アヴァロンの島の女領主で、八人の姉妹と暮らし、アーサー王の傷を治す治療の力や空を飛び姿を変える魔術にすぐれているとなっている。九はケルトの神聖な数、三の三倍であり、超自然的な魔術の力を持った女神、例えば戦場をカンムリガラスの姿で飛びまわる戦いの女神モリガン、ヴァハ、ヴァズヴの映像もここには重なっていよう。モルガンの語源は、このケルトの女神モリーグ(Mor=great、rigan=queen)であるとも、ウェールズのモリジエナ(Mori=sea、gena=born)であるともいわれており、この水の精(ウw-ター・レディ)と戦いの女神と妖精の女王という映像が
混合されている。
 ケルトの戦いの女神モリーグは英雄ク・ホリンに言いより、それがかなわぬとなると変身し、子牛やウナギに化けて戦いの邪魔をし危険に陥れるが、最後は彼の死をカンムリガラスの姿でやさしく見守る。また、モルガン・ル・フェもアーサー王に対し魔剣エクスキャリバーの保身の鞘を奪ったり、毒を塗ったマントを贈って殺そうと企てるが、最後は瀕死のアーサー王をアヴァロンに連れていき共に不死の生をおくるわけで、そこに両者には共通点があることがうかがえる。
 モルガン・ル・フェは英雄や騎士を異界へ誘う妖精の女王の典型をみせているが、一方では愛憎の感情を激しく示し、グウィネヴィアとランスロットの仲を嫉妬のあまり暴こうとしたり、自分と恋人アコーロンの仲を裂いたグウィネヴイア王妃に復讐をしようとしたり、恋人を殺したアーサーを憎んで殺そうとしたり、緑の騎士を操ってガウェイン卿を殺そうとしたり、残酷で人間的な強烈な感情を表現している。しかしモルガン・ル・フェが王の殺害という陰謀をめぐらせば、湖の精のこミュエがこれを救うというように、目に見えぬ現実以外の次元で、原始的な感情が調節されていることは、アーサー王伝説の世界の面白さの特色でもあろうか。

『妖精の系譜』 新書館



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