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日めくり汀女俳句 №93 [ことだま五七五]

十月十三日~十月十五日

  俳句  墓村汀女・文  中村一枝

十月三日
りいと鳴く虫のこもれる芒(すすき)かな
        『汀女句集』 虫=秋 空=秋
 
整理上手とはとても言えない。部屋を片付けても半日くらいでぐちゃぐちゃになる。
 汀女の部屋も、整理上手とは言えない部屋だった。結婚したての頃、中村家へ行って一番ほっとしたのはそのことである。これなら私でもやっていけそうだと思った。
 私の父の部屋もまた、乱雑をきわめていた。机の上では足りなくて、畳の上も足の踏み場のないほどに物が置かれていた。奇麗好きの母が掃除をLに入ると、決まって一悶着(もんちゃく)あった。私はひそかに父の肩を持ち、私は掃除なんかしないぞと、決心したのだ。

十月四日
紅葉渡し消ゆるまた疾し山の雲
        『都鳥』 紅葉=秋

 シドニー五輪で、ルーマニアの選手がドーピングで金メダルを剥奪される事件があった。その時使われた薬がエフェドリン、私にとって思い出深い薬だった。
 子供の時からの小児喘息で、季節の変わり目に発作を起こす私は、高校生の頃はエフェドリンを常用していた。この薬には麻薬に似た効果があって、苦しかった息が少しずつ治まってくると何とも言えない昂揚感が湧いてくる。ある種の幻覚に似た世界が広がり、私はそのきらきらした色の中で思う存分空想を楽しんだ。
 常用すると危険だといわれて、いつか服用をやめた。

十月五日
秋灯や貢は指に真っ白に
        『半生』 秋灯=秋

 自旬日解の中で汀女はこの句について、「タバコたしなむ女人へのあこがれの句、あの白い紙巻きを持つ手つきのよろしさその魅惑ゆえに私も喫んでみようかと……」
 と書いているが、今のように、若い女の子が街なかをぶかぶかという光景を見たら、汀女は何と言うだろう。
 良妻賢母が女性の理想であった時代に、汀女は決してその座からすべり落ちることはしなかった。やんちゃ心も、未知の冒険への憧れも、そしてさまざまの煩悶をものみ込んでしまった。彼女の句の後ろにある虚無感を時々感ずるのだ。

『日めくり汀女俳句』 邑書林


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